<?xml version='1.0' encoding='UTF-8'?><?xml-stylesheet href="http://www.blogger.com/styles/atom.css" type="text/css"?><feed xmlns='http://www.w3.org/2005/Atom' xmlns:openSearch='http://a9.com/-/spec/opensearchrss/1.0/' xmlns:georss='http://www.georss.org/georss' xmlns:gd='http://schemas.google.com/g/2005' xmlns:thr='http://purl.org/syndication/thread/1.0'><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604</id><updated>2011-04-21T13:48:18.082-07:00</updated><title type='text'>Arts and Science</title><subtitle type='html'></subtitle><link rel='http://schemas.google.com/g/2005#feed' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/posts/default'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default?max-results=100'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/'/><link rel='hub' href='http://pubsubhubbub.appspot.com/'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><generator version='7.00' uri='http://www.blogger.com'>Blogger</generator><openSearch:totalResults>68</openSearch:totalResults><openSearch:startIndex>1</openSearch:startIndex><openSearch:itemsPerPage>100</openSearch:itemsPerPage><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-9173961789300461762</id><published>2009-02-28T05:23:00.000-08:00</published><updated>2009-02-28T05:24:29.731-08:00</updated><title type='text'>真中の真と贋物</title><content type='html'>白洲正子曰く&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;肥えた目は真物と贋物を見極める。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;しかし真中の真は、本当に研鑽を積まないと、かえって贋物に見える。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;だから贋物をつかむことを恐れていると真中の真は手に入らない。&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-9173961789300461762?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/9173961789300461762/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=9173961789300461762' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/9173961789300461762'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/9173961789300461762'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2009/02/blog-post_28.html' title='真中の真と贋物'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-2409205196466661873</id><published>2009-02-27T23:53:00.000-08:00</published><updated>2009-02-28T00:33:09.722-08:00</updated><title type='text'>競争やめたら学力世界一　福田誠治</title><content type='html'>&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;１：学力は知識中心から思考力中心にシフト&lt;/div&gt;&lt;div&gt;現代では知識や技術は速いスピードで変化しており、知識や技能は学校を卒業してからも、一生を通じて学ばなければならないものになっている。そこで、一生をかけて学ぶための「学習力」を社会に出る前につけさせることが学校教育の目的になる。フィンランドは、この変化をうまく乗り切った&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;２：テストも習熟度別クラスもない&lt;/div&gt;&lt;div&gt;義務教育期間である16歳までは、他人と比較するためのテストがない。また、フィンランドは1985年に国を挙げて習熟度別編成授業も中止した。習熟度別編成は、できる子にさしてよい影響を与えず、できない子には何らプラスがないと判断した。しかし、これは難しい選択である。テストの点数や競争を学習動機を形成するための手段として活用できないことを意味するからである。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;３：日本の学力はマスコミで騒がれるほど低くはない&lt;/div&gt;&lt;div&gt;OECDが実施する「生徒の学習到達度調査」（＝PISA）によると、読解力以外のすべての項目で日本は上位にある。しかも、人口一億人規模で上位にあるのは日本のみである。また「国際数学・理科教育動向調査」（＝TIMSS2003）によると、とりたてて日本の学力低下は見られない。この点から、マスコミで日本の「低学力化」が進んでいることを批判した人たちの判断は間違っている。そういった人たちがよく理想とする実力主義と競争社会の国、アメリカやイギリスは、日本よりずっと低学力である。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;４：ゲームとしてのテストの成績がよい日本&lt;/div&gt;&lt;div&gt;では日本の学生が勉強を真の意味でしているのか、というと疑問もある。例えば「数学が楽しいか？」という問いに対して、国際平均の29％に対して、日本の学生は9％しかYesと答えていない。また、「希望の職業につくのに数学は必要か」という問いに対しては、国際平均の73％に対して、日本の学生は47％しかYesと答えていない。また積極性のスコアも低く、また家庭での勉強時間が短く、勉学意欲も低い。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;これは逆に言えば、日本の子供たちの勉強効率が高いことを示唆している。これは日本の学校教育の成果であり、まずマスコミはこの快挙をほめたたえるべきである。もしここで日本の教育の良さを壊して、教育を競争主義の市場原理にゆだねるなら、アメリカ並みの低学力しか約束されないだろう&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;５：日本において学力の格差拡大が進んでいる&lt;/div&gt;&lt;div&gt;PISAの読解力スコアが8位から14位に低下したことを受け、マスコミは「学力低下」と大々的に報道した。では、低下の構造はどうなっているのか？結果から言うと、日本においては注意以下のレベルの学力が大幅に落ち込むことで平均レベルが下がっている。例えば、レベル1未満という「極めて低学力」とされる層は、フィンランドや韓国では1％台なのに対して、日本では7.4％も存在する。平均以下＝レベル2以下の層は、フィンランド／韓国では20％であるが、日本では40％台である。つまり、日本は上位レベルの厚みは変わりないものの、レベル1未満、またはレベル1という低学力層が多い国になりつつあるのである。一方で、フィンランドは逆に、上位レベルの厚みは変わらないものの、低レベル層を底上げすることで学力世界一を達成した。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;６：習熟度別編成放棄の目的の一つは「経済格差による学力格差」発生の排除&lt;/div&gt;&lt;div&gt;習熟度別編成によって生まれる低学力クラスが、主として低い社会・経済的背景をもつ男子生徒で構成されていた。習熟度別編成の廃止は、ある種の社会問題への対処であり「平等化」がもっとも大きな理由であった。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;７：社会構成主義的な学習概念が、好成績の一因&lt;/div&gt;&lt;div&gt;構成主義とは、知識には何らかの目的・価値観が前提になっていることを認める立場である。構成主義を教育学に適用すると、学習とは知識の需要ではなく、知識を探求し、再構成する主体的な活動ということになる。従って、日本の様に決まった教科書を頭から暗記する、という勉強法はとらない。何をテーマに、どのように学ぶかは教師と子供たちの具体的な共同作業で決められて行くということになる。歴史の学び方は年表を順々に覚えるというものではなく、自分で歴史を調べ重要事項を自分で判断し、自分で年表を作り上げて行くことになる。そんなことをしたら、子供たちの知識は穴だらけになるじゃないか？その通りである。だが、教科書も実は穴だらけなのである。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;８：基礎能力は身につけさせるが後は自己責任&lt;/div&gt;&lt;div&gt;読み書き計算の最低限は、何が何でも身につけさせるが、そこから先は学ぶのも学ばないのもあなた自身の責任、という考え方をとる。従って教室の中で勉強しようがしまいが、それに対して教師が目くじらをたてることはない。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;９：ルールを適用するのではなく、何が適切かを考えさせる&lt;/div&gt;&lt;div&gt;高校にもなると、授業中におしゃべりしているもの、漫画を描いているもの、ウォークマンを聴きながら演習をやるものまで出てくるが、この場合でも一方的に注意することはしない。なぜおしゃべりをするのか、なぜウォークマンを聴くのか、という説明をまず生徒に求め、その上で、その行動が今ここで行うことについて適切かどうか、という判断を生徒にゆだねる。少なくとも「なぜ注意されるのかわからない」という状況だけは絶対に避ける&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-2409205196466661873?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/2409205196466661873/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=2409205196466661873' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/2409205196466661873'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/2409205196466661873'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2009/02/blog-post_27.html' title='競争やめたら学力世界一　福田誠治'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-2487961063608499179</id><published>2009-02-19T05:06:00.000-08:00</published><updated>2009-02-19T05:37:24.273-08:00</updated><title type='text'>銃・病原菌・鉄</title><content type='html'>&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;欧州で文明は育ったがアフリカでは育たなかった。その理由は下記の通り。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;１：東西方向に伸びる大陸&lt;/div&gt;&lt;div&gt;２：従って種の分散が容易（南北の移動は気候が変わるが東西の移動では変わらない）&lt;/div&gt;&lt;div&gt;３：多くの栽培食物と家畜を養える&lt;/div&gt;&lt;div&gt;４：余剰食料から食料貯蔵が産まれる&lt;/div&gt;&lt;div&gt;５：人口が凋密化し、階層化された社会が産まれる&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;この結果、次の文物や現象が生み出される&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：政治機構／文字（食料生産に従事しない文化人の発生）&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：疫病（凋密な人口と都市の発現）&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：外洋船&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：鉄、そしてこれを用いた剣や銃&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;カロリーが増えれば人口は増える。ところが野生の動植物には食用に適さないものが多い。&lt;div&gt;理由は次のうちのどれかである。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;1：樹皮などの様に人間の消化器で消化できないもの&lt;/div&gt;&lt;div&gt;2：オオカバマダラやテングタケのように毒があるもの&lt;/div&gt;&lt;div&gt;3：クラゲなどの様に栄養価が極端に低いもの&lt;/div&gt;&lt;div&gt;4：小さな木の実の様に調理が面倒なもの&lt;/div&gt;&lt;div&gt;5：昆虫の幼虫などの様に集めるのが大変なもの&lt;/div&gt;&lt;div&gt;6：サイなどの様に危険で捕まえられないもの&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;ここに一つのアイデアが出てくる。数少ない食用にすることのできる動植物を選んで育てれば、単位面積あたりの算出カロリーを高めることができるのではないか。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;これが農耕と牧畜の資源である。農耕と牧畜は、ざっと計算すると狩猟採集に対して単位面積当りの養育人口を10〜100倍に出来る。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;そしてこれは、また狩猟採集民よりも、農耕牧畜民の方が軍事的に有利であったことをも意味する。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;農耕と牧畜はこのようにして多くの人口を養うことを可能にした。そして、農耕と牧畜は定住生活へと誘導する。そして定住化は出産サイクルを短縮し、さらに人口の凋密化に招く。なぜか？野営地から野営地へ移動しなければならない狩猟採集民の母親は、身の回りのものを運びながらの行動を強いられ、幼児を一人しかつれて歩けない。次の子供は、先に生まれた子供がみんなの足手まといにならずに歩ける様になるまでは産めない。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;現実に、移住生活をしている狩猟採集民の女性は、授乳時の無月経や禁欲、間引き、中絶などによって、次の子を産むまでに約四年の間隔を空けている。それにひきかえ定住生活をしている人々は、子連れで移動する必要がないので養える限り多くの子供を産み育てることが出来る。多くの農耕社会において、出産間隔はおよそ2年で、狩猟採集民の半分程度である。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;さらに、定住生活は余剰食料の貯蔵と蓄積をも可能にする。食料の貯蔵が可能になると、食料生産に携わらない人たちを養ったり、村や街で特別な仕事に従事する人たちを養ったりすることが出来る様になる。これは宗教的な存在や支配者の存在へとつながる余裕を生み出す。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;食物は動物の様に移動できない。一方で、同じ場所で子孫を増やすことはリスクが大きい。天変地異が起こると種が全滅するからである。従って、食物としては、他力によって子孫を地域的に分散させるインセンティブが発生する。ある種の食物は風や水に運んでもらうように進化した。しかし多くの食物は、種子をおいしい果肉でくるみ、それが熟したことを色や匂いで知らせることで動物をあざむき、この誘惑にはまった動物を使って自分の種子を遠くに運ばせるという手段を選んだ。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;食物の種子の多くは動物の体内で消化されずに排泄物に混じって出てきて、そこで発芽する。実際のところ、多くの野生植物の種子は、動物の消化器を一度通過しなければ発芽できない。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;例えば野いちごは、熟す前は緑色をしていて固く、味も酸っぱい。種子が熟成してくると身の部分が赤くなり、柔らかみを増し、甘くなる。そして肝心の種子が噛み砕かれないよう、果肉は甘くなっても種子は苦い状態を維持し続ける。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-2487961063608499179?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/2487961063608499179/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=2487961063608499179' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/2487961063608499179'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/2487961063608499179'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2009/02/blog-post_19.html' title='銃・病原菌・鉄'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' 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/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;無限はどこにある？至る所にあるよ。君がベッドから下りて部屋のドアにいくまでの軌跡の中に、既に無限の可能性がある。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;こういった無限性が、その無限の豊穣さが生かされていない・・・同じことが既にタイプライターから始まっていて、記号化、シンボル化が持っている毒の様な者が、我々の体を変質させていることは、僕は間違いがないと思う&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;熊本にトンカラリンという不思議な遺跡がある。地下に四百数十メートル、人がやっと通れる様な溝がある。そこを這っていくと、まさに死と再生の追体験をします。本当に怖いのです。怖いと言っても調査はされているし、周りに人もいるのですが・・・彼岸をありありと体験します。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;以前、スーザン・ソンタグを東京案内したときに、新宿駅で駅員がマイクでガンガン叫んでいるのを見て彼女が「何て言っているの？」と尋ねたので「電車が来るから白線の後ろに下がれ」と言っていると答えると、次にまた何と言っているのか、と聞くので「電車が参ります」と言っていると。今度は車内に入ると張り紙を指差して「これは何と書いてある」と聞く。「ドアに注意しろ」と書いてあると訳すと、ついに彼女は「こんな醜い街は有り得ない。言葉をこんな風に使うなんて信じられない」といって怒り始めた&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;松岡：&lt;/div&gt;&lt;div&gt;菩薩にひっかかっているんです。菩薩は悟りを開かない。如来にならない仏様なんです。自分ではゴールに行けるのにゴールの前で立ち止まって他人を待っているんです。&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-4165009674838943333?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/4165009674838943333/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=4165009674838943333' title='1 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/4165009674838943333'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/4165009674838943333'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2009/02/blog-post_983.html' title='脳と日本人　松岡正剛＋茂木健一郎'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>1</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-4707951829441763355</id><published>2009-02-18T04:25:00.000-08:00</published><updated>2009-02-18T05:32:21.758-08:00</updated><title type='text'>善悪の彼岸へ　宮内勝典</title><content type='html'>&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;ジャングルの奥深くにコミュニティを形成し、最終的に916人の信者に青酸カリを飲ませて自身も自殺した人民寺院の教祖、ジム・ジョーンズは、少年期から異様なカリスマぶりを発揮し、自宅にある自室を教会として既に熱心な少年信者を集めていた&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;彼は異常な支配願望を持つと同時に、暗殺される、食事にガラス片が混じっている、といった統合失調症（以前の精神分裂病）に特有のパラノイア症状を持っていた。不思議なことに、このパラノイア症状が嵩じる時期は、本格的な教祖へと成長していく時期とオーバーラップしている。いや、むしろ、教祖の狂的な妄想が、そもそも教団の求心力だったのだろう。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;教団は順調に成長したものの、ジム・ジョーンズの心は崩壊しつつあった。人民寺院での説教は、自分がいかにテクニシャンで精力絶倫で女性たちを満足させることができるか、というセックス談義に明け暮れる様になった。ハーレムの王の様に、若い女性信者を片っ端から愛人にする上、白人の男性信者まで犯した。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;その上、信者には禁欲を強制し、夫婦を離婚させ、セックスパートナーを自らの意思で組み替えたりした。理由は明白で、あらゆる人間関係を破壊し、教祖と信者との一対一の関係に追いつめていくためである。それ以外の人間関係は、恋人や夫婦はおろか、親子でさえ認めない。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;地下鉄サリン事件は許されることではない。ただ、この事件が自分たちとは全く無関係な気違いが起こした事件だとして、表面的に弾劾するだけのテレビのコメンテーターにも反発を感じる。わかりきった陳腐な正義をふりかざすだけで犯罪を生み出した要因となる闇の深部へ降りていこう姿勢は、皆無だった。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;ただ一人、東大医学部の教え子からオウム信者を出してしまったということを恥じているのか、痛ましいほどに打ちひしがれている養老孟司氏の姿に感銘を受けた。それこそが、まっとうな大人の姿ではないのか？あの教団を生み出し、信者を生み出したのは他ならぬ我々の社会なのだ。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;オウム・シスターズの舞を見たとき、あまりの下手さに驚いた。あっけにとられながらも、これは見過ごせない、大事な何かを示唆していると感じた。オウムの記者会見のときに背後に映し出された曼荼羅の、あまりの稚拙さにも同様の何かを感じる。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;それだけではない。私の自宅に送られてくるオウムの新聞・パンフレット・出版物など、いまどきこんなにセンスの悪い印刷物があるのかと首を傾げたくなるほどひどい出来映えである。ビデオもひどい。サリン工場をカムフラージュするために作られた発泡スチロールのシヴァ神の像も、まったく唖然とさせられる代物だった。私はただ単に、教祖が弱視だから視覚表現に重きを置いていないのだろうな、と思っていたのだが、考えてみると、総選挙に立候補したときの「ショーコーショーコーショコショコショーコー」という教祖自作の歌も噴飯ものだった。つまり、オウム真理教の作り出す芸術表現は、どれもきわめて低レベルなのである。これは何か重要な点を示唆していると思う。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;麻原彰晃の著作、オウム真理教の表現に通底している特徴を端的に言えば「美の欠如」ということにつきる。こうした美意識の欠如は、オウムの教義そのものに深い陰を落としている。偏差値教育を受け、醜悪な家具と街に育ったエリートが、あれほど美意識や神性の欠落したオウムのコミュニケーションに接触し、何らの違和感もなく階層性ばかり強調する一見論理的な教義に同調してしまった。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;新しい教団は必ず家族と敵対する。「イエスの方舟」事件がそうだった。若い女性たちが次々に家出して小さな教団で共同生活を営む様になった。親たちは娘を返せ、と叫び続けたが聞き入れられなかった。教団と言っても、東京郊外の空き地に立てたテントやバスが教会であり、そのバスの屋根の上には小型の寝室を取り付けて、ごくささやかな原始共同生活を営んでいたに過ぎない。「千石イエス」と名乗る教祖も、正式の司祭ではなく、刃物研ぎの行商をするかたわら布教活動をしていた。キリスト教の伝統からも逸脱しており、これがさらに疑惑をあおった。そしてマスメディアや家族の追求が激しくなった1978年、「イエスの方舟」の信者たち26人はこつ然と姿を消した。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;人民寺院と同様のプロセスと結末を迎えたカルト教団としては「太陽寺院」がある。太陽寺院の集団自殺については辻田美が「カルト教団　太陽寺院事件」（みすず書房）に詳細な記録がある。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;太陽寺院もそうであるが、カルト教団に共通しているのは「名前を変える」ことである。オウム真理教でも「ホーリーネーム」と称して信者には別の名前を与えた。名前を変えさせることでアイデンティティを破壊し、過去の世界に戻る橋を打ち壊すのである。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;確かに、大悲心、つまり他人の利益を願う心がありさえすれば、殺生そのものも罪悪とはならないという「条件付き殺害肯定論」は、大乗仏教の戒律観の一形態として存在する。これがポアの論理である。この部分は、中村雄二郎著「日本文化における罪と罰」（新潮社）に、よく噛み砕いた形で引用されている。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-4707951829441763355?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/4707951829441763355/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=4707951829441763355' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/4707951829441763355'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/4707951829441763355'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2009/02/blog-post_18.html' title='善悪の彼岸へ　宮内勝典'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-1554286451270978012</id><published>2009-02-17T13:54:00.000-08:00</published><updated>2009-02-17T13:59:56.270-08:00</updated><title type='text'>歴史上、最高の一年はいつか？</title><content type='html'>神様が出てきて、「理想的だったと思える一年を、どの時代でもいいから言ってご覧なさい。世界が、その一年を永久に繰り返す様にしてあげる」、と言ったとする。&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;どう答えるだろうか。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;進歩史観的には、いまだかつてない最高の社会が、未来にあると思ってこの問いに答えることを拒むべきなのかも知れない。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;日本だけでみれば、空前絶後の好景気に湧いた1989年が理想？？いやいや、犯罪率も低く、循環型社会だった元禄期じゃないのか？いっそ日本的文化が最高に花開いた平安期？？&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;でもそのとき世界がどうだったのか？世界史が100点満点中3点だった僕にはよくわからない。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;うーん・・・&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-1554286451270978012?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/1554286451270978012/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=1554286451270978012' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/1554286451270978012'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/1554286451270978012'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2009/02/blog-post_2106.html' title='歴史上、最高の一年はいつか？'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-5046557743373474575</id><published>2009-02-17T06:01:00.000-08:00</published><updated>2009-02-17T06:28:54.662-08:00</updated><title type='text'>歴史家の自画像　阿部謹也</title><content type='html'>&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;１：時代が違えば人間も違う&lt;div&gt;：時代劇に出てくる人間を江戸時代の人間と思うのは間違い&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：時代が違うと考えられない行動や考え方をする人間がいる&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：読者は時代劇を見て、江度時代の社会に自分を投影している&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;２：ラテラノの公会議は世界史的な転換点&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：告白をシステム化して近代的自我の成立を促した&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：フーコーもラテラノの公会議を非常に重要視しているが、なぜか余り他の人は触れていない&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;３：カタリ派の人は死を恐れない&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：彼らは現在が地獄だという&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：完全者になって最後に祝福を受ける、というのが理想&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;４：ものを考えるのは瞬間&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：一時間考えるなんてできない&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：本を読むのは大変・・・自分とは体質の違う相手の考えを理解することで抵抗がある&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：わかるということはうれしいことだが、それは考えるということとは違う&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：読みながら、「ハッ」と思ったことをノートする・・・その一瞬が考えている、ということ&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：その瞬間の密度が薄れてきたら、学者としてはもうだめだと思うんです&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：そういう時期が、60代になって見えてきました&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;５：仕事は常に最後だとおもってやる&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：いつも最後だと思ってやっています&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：そうじゃないとできないですよ、次があるなんて思ったら、そこでやらなくなってしまいます&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：日本の歴史研究者で、本当に好きでやっている人って少ない&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：好きさ、の度合いが浅い人が多くて、やっぱり商売にいっちゃいますね&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：本当に好きな人は、やっぱり時間をかけて研究します&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：そういう人は、本当に少ない&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;６：宗教にも文化レベルのものと文明レベルのものがある&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：イワシの頭も信心から、は文化の段階の宗教&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：こういう迷信的なものはもういくらでもある&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：三大宗教は、こういった宗教とどこが違うかというと単純で経典がある&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：経典があるから伝達が可能、解釈が可能で伝わっていく&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：経典がない宗教は人と一緒に滅んでしまう&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;７：習慣に根付いた犯罪というのもある&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：日本には贈与が根付いており、人間関係の基本になっている&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：政治の次元だけこれをきれいにしろ、といって無理&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：日常生活の革新ということだから、そういう意味で汚職の追放というのは簡単ではない&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：お中元／お歳暮はいっさい禁止、というくらいにしないと無理だろう&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;８：文明はよそ者をいれるけど文化はいれない&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：高村光太郎はパリで阻害された&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：漱石はロンドンで阻害された&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：外国人が日本にきて「源氏物語を研究しています」と言うと、それは大変ですね、とか答えるが心中では「おまえにわかるものか」と思っている&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;９：文化が文明になるには他民族を傘下におかないとだめ&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：日本は他民族を支配した経験がない&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：朝鮮や台湾は多少支配を及ぼしたけど、日本語とか日本文化を押し付けて失敗した&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：本当に、永続的に支配しようと思ったら支配するものは支配される者から取り込まなければだめ&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：支配する者が変質することで支配は存続する&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：朝鮮人の人間関係や、台湾人の人間関係を取り込むことで日本人自身がかわることによって日本文化は日本文明になりうるわけですが、そうではなく、官幣大社などを強制したりして日本の神様を押し付けた&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：ローマは異民族支配を通じて分明になった&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：近代以降ではアメリカがそれにあたる・・・なぜ可能だったかというと寄せ集めだから&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;10：現代人は世界を自分に投影する、中世人は自分を世界に投影する&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：典型的なのは星座&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;11：文明の担い手と文化の担い手は異なる&lt;/div&gt;&lt;div&gt;：文化の担い手が文明の担い手になったときには、だいたい文化の担い手からは足をあらっている&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-5046557743373474575?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' 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src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-722408356624370733</id><published>2009-02-17T04:47:00.000-08:00</published><updated>2009-02-17T21:34:58.791-08:00</updated><title type='text'>日本の行政はすばらしい?</title><content type='html'>実はあまり知られていないのですが、人間ドック、というシステムは日本にしかありません。従って、人間ドック、という言葉自体も日本にしかない。外国人に向かって人間ドックをいくら訳しても意味は通じません。そもそも仕組みとして存在していないのです。 &lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;この仕組みは、高度経済成長時代に、船が一年の航海の疲れを休めつつ、船体についた藤壷やさびを落として新しい航海に出かけられるのと同じ様に、働き盛りの人々が、その体を隅々まで検査するドックの様な仕組みが必要であるという、一種の国策から生まれました。行政サイドから見てみれば国民の生産力を最大化するための一つの方策、ということであったかも知りませんが、動機はともかく、制度としては非常に優れていると思うのです。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;この検査が、健康保険に入ってさえいれば３万円から５万円程度で受けられることを、日本人のほとんどが何とも思っていない・・・むしろ「高いな〜」と思っているようなのですが、例えば米国で同様の精密検査を受けようとすると1万ドル以上かかると聞いたら、どのように思われるでしょうか。事実上米国の健康保険制度は破綻しており、我が国でも近い将来米国の様な状況に陥ることが懸念されていますが、ベースとして健康保険関連で国民が享受している行政サービスのレベルが、そもそも米国は桁違いに低いことをまずは知っておくべきではないでしょうか。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;日本の政治や行政は、いわゆる「進歩系マスコミ」（苦笑・・・）と、それに踊らされやすい人たちのおかげで実態以上にひどい状態と考えられていますが、様々な社会的な指標、つまり乳児死亡率や、一人当たりの医療費、犯罪率、文盲率、一人当たり生産力といった数値をみてみれば、様々な問題を抱えいたとしても、まずは世界トップレベルのバランスを維持した、たぐいまれに優れた社会であることを認識しておくべきです。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;かといって問題がまったくないわけでは、もちろんありません。個別個別に見ていけば、たくさんの課題はあるでしょうが、かといって良い点をすべて無視していい訳ではありません。他国に範を取るとしても、その国の良い点悪い点があって、しかもそれらが表裏一体をなしていることを、我々はゆめゆめ忘れてはならないと思います。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;と書いたとたんに中川さんがヘベレケ会見の責任を取って辞任・・・・うーｎ。&lt;/div&gt;&lt;div&gt; &lt;/div&gt;&lt;div&gt;ある意味、政治家がここまでダメなのにちゃんと機能している日本って特殊な国なのかも知れません。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-722408356624370733?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/722408356624370733/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=722408356624370733' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/722408356624370733'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/722408356624370733'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2009/02/blog-post_73.html' title='日本の行政はすばらしい?'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-7359186259708532740</id><published>2009-02-17T04:09:00.000-08:00</published><updated>2009-02-17T04:24:45.174-08:00</updated><title type='text'>インターネット廃止論</title><content type='html'>インターネットがあることで、誰か幸せになった人っているのでしょうか？むしろ不幸になった人の方が多いんじゃないでしょうか。&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;インターネットが出てきた当時、世界的な草の根コミュニケーションが活発化されて紛争や戦争の抑止になる、という説が出てきましたが、そういう意見は社会というものを非常に甘く見ている様に思います。&lt;br /&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;つながりたい人とだけつながることが許される社会というのは非常に危険だと僕は思っています。それは、多数のカルト教団が併存している社会と同じですから。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;社会学者のデュルケムは自殺を４つに類型化した上で、成熟社会においては絶望でも自己犠牲でもない、連帯の喪失による孤独感による自殺＝アノミーが増加することを予言しました。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;インターネットは、成熟社会において、それがなければ孤独感に苛まれながら放浪するだけだった人に、寄る辺を与えているっていうことなのかも知れません。&lt;/div&gt;&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-7359186259708532740?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/7359186259708532740/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=7359186259708532740' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/7359186259708532740'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/7359186259708532740'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2009/02/blog-post_17.html' title='インターネット廃止論'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-1021629387614237265</id><published>2009-02-16T06:19:00.000-08:00</published><updated>2009-02-16T06:31:11.432-08:00</updated><title type='text'>自転車</title><content type='html'>&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://4.bp.blogspot.com/_RZFiMbc4dOE/SZl4qeALRdI/AAAAAAAAAA0/DvKpWZcqRJ0/s1600-h/R0011226.JPG"&gt;&lt;img style="display:block; margin:0px auto 10px; text-align:center;cursor:pointer; cursor:hand;width: 320px; height: 240px;" src="http://4.bp.blogspot.com/_RZFiMbc4dOE/SZl4qeALRdI/AAAAAAAAAA0/DvKpWZcqRJ0/s320/R0011226.JPG" border="0" alt="" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5303402707209110994" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://4.bp.blogspot.com/_RZFiMbc4dOE/SZl3zDhgcCI/AAAAAAAAAAs/PDgLsxGRr2g/s1600-h/R0011224.JPG"&gt;&lt;img style="display:block; margin:0px auto 10px; text-align:center;cursor:pointer; cursor:hand;width: 240px; height: 320px;" src="http://4.bp.blogspot.com/_RZFiMbc4dOE/SZl3zDhgcCI/AAAAAAAAAAs/PDgLsxGRr2g/s320/R0011224.JPG" border="0" alt="" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5303401755208347682" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://3.bp.blogspot.com/_RZFiMbc4dOE/SZl3lvhpbOI/AAAAAAAAAAk/kSr6uqn0Hhs/s1600-h/R0011218.JPG"&gt;&lt;img style="display:block; margin:0px auto 10px; text-align:center;cursor:pointer; cursor:hand;width: 320px; height: 240px;" src="http://3.bp.blogspot.com/_RZFiMbc4dOE/SZl3lvhpbOI/AAAAAAAAAAk/kSr6uqn0Hhs/s320/R0011218.JPG" border="0" alt="" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5303401526501928162" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;昨年の秋頃に購入した自転車です。&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;イタリアのデローザという工房製です。デローザは1970年代にツールドフランスを5連覇した伝説のチャンピオン、エディ・メルクスの愛機としても有名でした。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;当時のデローザの価格は今の値段で700〜1,000万円程度で、現在で言うポルシェとほぼ同じ価格でした。今、デローザは、まあ大型のハイビジョンテレビと同じくらいで買えるようになったのだから、僕らは円の強い、いい時代に生きているわけですね。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;本格的なロードレーサーは初めてだったので、氷の上を進むような無音、無抵抗のスムーズな橋に、最初は「おおお！」と感動しました。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;現在のロードレーサーはカーボンが主流になってしまいましたが比強度の関係からカーボンはどうしてもフレームが太くなってしまいます。一方で僕のデローザは伝統的な鉄＝クロモリのフレームで、このフレームを愛する人はその細さ、エレガントなたたずまいに、やられてしまうんですよね。乗るのも大好きですが、パイプをふかしつつウイスキーをなめつつ、自転車を眺める時間が大好きです。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-1021629387614237265?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/1021629387614237265/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=1021629387614237265' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/1021629387614237265'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/1021629387614237265'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2009/02/blog-post_16.html' title='自転車'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://4.bp.blogspot.com/_RZFiMbc4dOE/SZl4qeALRdI/AAAAAAAAAA0/DvKpWZcqRJ0/s72-c/R0011226.JPG' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-1448637368309944669</id><published>2009-02-15T04:45:00.000-08:00</published><updated>2009-02-15T05:36:34.289-08:00</updated><title type='text'>モハメドアリとマイクタイソン</title><content type='html'>モハメドアリとマイクタイソンは、双方ともに米国のボクシングヘビー級のチャンピオンですが、以前から、この両者が人に与える影響の質には大きな違いがあると、何となく感じていました。&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;その、質的な差が、最近少しずつわかり始めてきました。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;乱暴な言い方ですが、社会のシステムに対して大きな疑問を抱きながら、システム自体を利用したのがアリで、システムそのものの善悪を問うことなく、そのシステムに完全に耽溺して最適化したのがタイソンだと、いう気がしています。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;モハメドアリという名は、よく知られていることですが、本名ではありません。もともとはカシアスクレイ、という名で、ローマオリンピックでもその名で金メダルをもらっています。マルコムリトルが、そもそも名字は奴隷時代の名残でついているものであり、従って自分の出自はわからないのだ、という意義を込めて名字をXとし、マルコムXと名乗ったのと同様に、奴隷時代につけられた名前を引きずることを厭って、宗旨替えとともに教祖の名を自分の名前にしたのだと、聞いています。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;僕はアリについてはよく知りませんが、決定的なエピソードだと思うのはベトナム戦争の兵役を忌避したことです。この点は、当時トップスターだったエルビスプレスリーが、お国の命ずるままに兵役に服したのとは、大きく異なる点です。もちろん、プロパガンダ的な観点からエルビスも危険な任務には服さず、後方支援的な業務を短期間努めて兵役を終えました。トップのポップスターが、前線でゲリラに殺さて反戦ムードが一気に高まることを国防省や政府が恐れたことは、容易に想像できます。そして、恐らくアリのケースでも、裏側での政府とのさやあてはあったことでしょう。兵役なんて形だけのもので、君には危険な任務は担当させない。適当につとめてくれれば、それでいいんだ、と言い寄る国防省の声があったことは容易に想像できます。それでも、彼は断固として徴兵義務を拒みました。理由は、「ベトナム人を殺せ、と言われて、じゃあ殺します、という理由が自分にはない。自分は何らベトナム人に恨みがない」という、恐ろしくも単純な理由でした。そして、この兵役忌避のために、ヘビー級チャンピオンという資格を剥奪され、以後、キャリアの絶頂期において無期限のボクシング試合停止、という処分を受けます。第二次大戦中の日本でいう「非国民」ということでしょう。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;僕の父方の祖父は、帝国陸軍の将官でマニラで戦死しています。先日訪れた福沢諭吉展でも、やはり1940年代の塾生の多くが、神風特攻隊で死んでいること、そしてその多くが、出撃直前に恩師や家族に手紙を認めており、その人生には一片の悔いもないことと、日本のその後、家族のその後を、生きてその運命を肩に背負うことになった人に、くれぐれもよろしく頼む、という旨が書かれていました。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;中でもよく覚えているのが、特攻隊の出撃前夜に、経済学部の学生が認めた手紙で、その最後には「明日、一人のリベラリストが、この世から消えることになります。しかし、その本人には一片の迷いも、悔いもないこと。そして、このような終焉を迎えることに100％満足していることを、ここに書き残しておきたいと思います」という言葉が忘れられません。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;学生時代、友人が自宅に訪れて夕食をともにすると、必ず面食らって食後に僕に聞いてくることがありました。曰く「お前のうちって、毎晩あんな風に激烈に議論するの？」。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;僕は学生時代からアリの考え方に共鳴し、いくら国事とは言え、納得できない戦争に命を捧げることはできない、というスタンスの持ち主でした。一方で両親、特に父は、その父を戦争でなくしたこともあるかと思いますが、政治はそもそも100％の納得よりも国の絶対的な利益を優先するもので、それに納得できるかできないかで、それに協力するかしないか、という考え方自体を否定する、というものでした。とはいいつつも、その父でさえ「100％○○だ、という意見があったら、だいたい間違っていると考えればいい。世の中は０でも１でもないし、右でも左でもない。そんな単純なことを言うやつは頭のできが悪いんだよ。周ちゃんは、きっとそういうのとは仲間になってはいけない」といいながらダンテ、シェークスピア、プラトン、屈原の言葉を引用しながら諭すのが、食後のお茶を飲んでいる時間の定番でした。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;正直言って、教養レベルでも頭脳のクロックスピードでもかなわない父と議論すると、常に劣勢になり、最後は論破されるというオチでしたが、いつも遊びにくる友人も、その議論の凄まじさに、辟易している感じでした。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;まあそれはともかく、アリとタイソンの違いと考えると、「疑いを持つことの大事さ」ということを感じてしまうのです。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;これは、右派、左派という問題ではなく、テーゼに対して、常に斜めに見ること、客観的であることの大事さにつながると思うのです。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;アリという人は、決して教養のある人ではなかったと思いますが、個人の思うところに即して自分の行動を決め、それを一貫させたという点において見習うべきものがあると思います。これは、７０年代当時失われつつあったアメリカ的な美徳であったのだと思います。対して、タイソンは、恐らくボクシングの技術・・・つまり相手を叩きのめすという機械的な技術に関しては、そおらくアリより上だったのではないかと思いますが、自分がよってたつシステムや社会の仕組みについて疑いを差し挟むということを、まったくしなかった人だったと思います。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;ルールはこうこう、従ってこれをうまくやれば、莫大な金が入ってくる。というインプットに従って、自分を仕組みに最適化し、マシーンのように鍛え上げた、という感じです。そしてその先に何があるかは、彼の問いのリストの中にはありません。100億円近いファイトマネーを手にして、その先に何があるのか？&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;ルールに則って戦って莫大な金を得ることと、ルールそのものの問題を指摘して、そのルールの中で戦いつつルールの是正を試みること。後者は遥かに大変です。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;どこが大変かというと、ルールを否定する人は殆どの場合社会的には敗者なんですよね。あ、この場合の敗者というのはもっと広義で、例えば論文を学会に出すだけの大学教授や、お金はあるけど実際に社会を動かすだけの権力や影響力を持っていない音楽家やアーティストも含めています。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;数年前に一度、歴史上の革命がどういうカロリーの上昇で発生したかを勉強してみたことがあって、だいたい体制の中枢から革命を指向する人が出てこないと、難しいんじゃないか、という思いに至ったことがあります。フランス革命のロベスピエールや明治維新の勝海舟、ソ連解体時のゴルバチョフは皆、体制側の人間です。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;これだけ明白になっているにも関わらず、エスタブリッシュメントの仲間に入らないで社会を変えられると思っている存在というのは、極論すれば唾棄すべきだと思っています。僕は社会はもっとよくできると思っていますが、であればこそ、社会の中枢に近づくことが大事なのではないかと思っています。一方で周りの人が、社会システムそのものに最適化するゲームに身をやつしているので、それはそれで「くだらないな」と思いながら同じゲームを戦って、同じ点数を上げなければいけないという、非常につらい道なのですが、まあそう考えているんですよね。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-1448637368309944669?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/1448637368309944669/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=1448637368309944669' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/1448637368309944669'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/1448637368309944669'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2009/02/blog-post_5133.html' title='モハメドアリとマイクタイソン'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-4505242961946554371</id><published>2009-02-15T00:41:00.000-08:00</published><updated>2009-02-15T00:47:06.559-08:00</updated><title type='text'>ナイロンバッグ</title><content type='html'>&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://1.bp.blogspot.com/_RZFiMbc4dOE/SZfWgZF6lRI/AAAAAAAAAAM/NCD3PiiUPPw/s1600-h/R0011268.JPG"&gt;&lt;img style="float:left; margin:0 10px 10px 0;cursor:pointer; cursor:hand;width: 320px; height: 240px;" src="http://1.bp.blogspot.com/_RZFiMbc4dOE/SZfWgZF6lRI/AAAAAAAAAAM/NCD3PiiUPPw/s320/R0011268.JPG" border="0" alt="" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5302942938231903506" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;以前からバカにしていたナイロンバッグをついに購入しました。&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;最近、クライアント先に常駐のプロジェクトにアサインされたのですが、電車での移動距離が長く、これまで愛用していたゼロハリバートンでは肉体的な苦痛が耐え難くなり、親友の勧めもあってついに購入に踏み切りました。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;用具類一式を入れてみての感想は・・・軽い！これは確かにベラボーな軽さです。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;もう他のバッグには戻れないのかも・・・&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;でも、こうやって食わず嫌いで過ごしていることが他の案件に関しても多いのかも。偏屈なのも考えものですね。&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-4505242961946554371?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/4505242961946554371/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=4505242961946554371' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/4505242961946554371'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/4505242961946554371'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2009/02/blog-post_15.html' title='ナイロンバッグ'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://1.bp.blogspot.com/_RZFiMbc4dOE/SZfWgZF6lRI/AAAAAAAAAAM/NCD3PiiUPPw/s72-c/R0011268.JPG' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-8763561830717541688</id><published>2009-02-12T22:56:00.000-08:00</published><updated>2009-02-12T23:06:14.068-08:00</updated><title type='text'>燃えよ剣</title><content type='html'>燃えよ剣&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一言で言うと新撰組副長だった土方歳三の生涯をつづった本です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一種、新撰組というベンチャーの創業者の物語という読み方も出来ます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;土方は一種の組織造り、組織運営の天才で読めば読むほど現代に生きていればきっとビジネスマンとして活躍しただろうな、という気がしてきます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;以前に、大好きだった塾の国語の先生に言われたのですが、新撰組というのは世界史的に見ても稀なほどの純度の高い剣客集団で、その規模を考えると実質的には史上最強だっただろうとのこと。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それだけのパフォーマンスを組織として維持するためにどのように人を集め、教育し、規律を持たせるか。ここに単なる歴史小説として楽しめる、という以上の学びがあり、つまり色々とビジネス上のヒントがあります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ただし、個人的にアスピレーションを感じるかというと・・・・ちょっと違う。この本はもともと親友から読め、と言われたのがきっかけだったのですが、その友人が感じたような憧れ・・・本人は「滅びの美学」と言っていました・・・、僕自身はあまり感じませんでした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;むしろ、イライラしたという感じでしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この人は小さいと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;歴史的な視点と世界地理的な視点の２つが全く欠けていて固陋に武士道にこだわり、侵略を目論む西欧列国に対し、日本国全体の足並みを揃えていこうという国事の足を引っ張って引っ張って引っ張りまくった団体の張本人が新選組で、その親玉が土方です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;加えて、一種の殺人嗜好症のようなところもある。新撰組副長時代の京都から東北、最後の五稜郭まで含め、とにかく斬り、裂き、突いて血煙を浴び続けます。何故それが可能だったかというともちろん本人の剣術、軍略センスもあると思うのだが何より幕府から「守護」のオーソライズを得たことも大きいのでは。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり土方という人は局地戦での軍略という点においては戦略の天才なのですが、国家間での争い、という点については全く戦略的視点が無い人のように見えるんですね。これに軍事力だけは突出して備わっているわけだから政治的には極めて扱いの難しい人だっただろうと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;話の後半で、幕府に忠誠を誓って江戸城に居座ろうとする新撰組と土方に対して、それを疎ましく思う勝海舟が「甲州の城を落せ。落せたらそのまま甲州を差し上げる」として城から出陣させるクダリがあります。なけなしの軍資金を与えて京都から攻め上がる官軍の防衛となれ、ということなのだが、種明かしをすると無血開城を目論む勝海舟にとっては江戸城で殺人嗜好症でかつ薩長から蛇蝎のように嫌われている新撰組＋土方を追い払うことが政治的な工作のためには都合がよかったということなのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;やはりこういうところを読むと時代を読む目、大きな視点での戦略ということにかけてはとてもじゃないが土方は勝の足元に及ばないな～という気がします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;面白くて考えさせられた、良い本でした。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-8763561830717541688?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/8763561830717541688/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=8763561830717541688' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/8763561830717541688'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/8763561830717541688'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2009/02/blog-post_12.html' title='燃えよ剣'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-5333895355245473740</id><published>2009-02-11T06:05:00.000-08:00</published><updated>2009-02-11T06:07:55.501-08:00</updated><title type='text'>スウェーデンについて</title><content type='html'>2009年2月11日&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;福祉国家の闘い　武田龍夫&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最近、日本が進むべき方向性の一つとして北欧諸国の社会モデルが参照できるのではないかと思って、いくつかの本をパラパラと読み進めています。まだ、数冊程度しか目を通していないのだけど、現時点での印象は「マスコミを通じて喧伝されている北欧諸国の理想国家的イメージは、かつてのソ連のそれに対して朝日新聞が行ったプロパガンダと同じだな」というもので、ちょっと落ち込んでいます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そういう状態で、今日、JBIC（国際協力銀行）において排出権取引のインフラ作りをしている友人と一緒に長い昼食を取ったのですが、その際に僕が「でもスウェーデンって90年代に原発は全廃するって決めて、で火力発電に依存せざるを得なくなるけどＣＯ２排出量は増やさない・・・じゃあ経済成長は捨てるのか、というと、これはこれで追及する、という無理難題を掲げて国全体で何とか推進しているんだから、スゴイよね」という話をしたところ、「ああ、それ、昨日ちょうど発表されましたけど、スウェーデンも原発の全廃やめることになったんですよ」とのこと・・・驚愕。実は原発廃止先進国のドイツでも1998年に原発をなるべく早期に全廃する、ということで議会の合意が成立しているのですが、実質的にはこの計画も崩壊していて原発の稼動を高める方向で行政は調整に入っているのだそうです。但し、ドイツでは緑の党が議席を結構取っているので、調整が難航しているらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;要するに、ＣＯ２の排出をなるべく減らす、という京都議定書が発効になって段階で、火力発電に頼れなくなったということらしいのです。その友人はJBICの前職が東京電力なのですが、曰く「先進国で原発を使わない限り、ＣＯ２の排出を減らすのは絶対に不可能」ということでした。僕も「プラントで生産されるエネルギーのうち、末端までデリバリーされるエネルギー総量の歩留まりを改善する、ということは考えられないの？」という質問をしてみたのですが、この点についても「既に日本ではこの歩留まりは96％程度であって、大きな改善インパクトを期待できない」とのこと。また、他の自然エネルギーに関しては、「日本全土に太陽光パネルを敷き詰めても、東京都で必要とされるエネルギーすらまかなえない状況」ということでした。なんだか難しいらしいのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;音楽家の坂本龍一は「原発は廃止せよ」と言う一方で「ＣＯ２は減らせ」と騒いでいますが、その友人に言わせると「専門家は殆ど聞いてないです。ハァ？っていう感じですね」とのこと。やっぱりそうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ということで、若干ヨーロッパモデル、北欧モデルに対する幻想が僕自身の中で崩れていくここ数週間です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■女性の社会進出⇔家庭崩壊⇔高額の税金は表裏一体の関係&lt;br /&gt;-          ルンド大学の教授：ポールソン女史は言う&lt;br /&gt;-          昔の大家族は老人や病人、職のない家族の面倒を見てきた&lt;br /&gt;-          スウェーデン女性たちが家の外で働くようになり、生産に寄与するようになったが、その家の中の仕事は消えない・・・それは誰か他の人々、つまり公的機関が引き受けることになった&lt;br /&gt;-          こうして結果的には公平で平等な社会を作り上げられた&lt;br /&gt;-          しかし、実際に女性たちを待っていた労働市場は賃金給与も低く狭い市場であり、そのために社会福祉国家は伝統的な家庭支出をかたがわりしているが、それは公的支出の7割にも達し、スウェーデンの総所得の半分になっている&lt;br /&gt;-          率直に言って、家庭を崩壊させたコストは高くついたといわざるを得ない&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■経済成長なくして福祉はない&lt;br /&gt;-          なぜスウェーデン型福祉が行き詰ったか&lt;br /&gt;-          理由としては、人口構造の変化、福祉公的部門の肥大化、福祉官僚主義の弊害の表面化、福祉そのものが生み出す悪徳や利権、といった点が挙げられる&lt;br /&gt;-          福祉は大変なコストがかかり、自律的に拡大運動を続けるため、経済成長がないと福祉を維持できなくなる&lt;br /&gt;-          80年代に入ってすぐ、スウェーデンの公的部門の支出はＧＤＰの60％を占め（50年代は30％程度）、170万人の雇用を集めるに至った（スウェーデンの労働人口は410万人！！！）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■国民全体が豊かな中産階級&lt;br /&gt;-          殆どの国民が別荘、モーターボートを保有&lt;br /&gt;-          年間の夏休みは一ヶ月が標準的&lt;br /&gt;-          日本よりも広い国土に890万人の人口でかつ高品位な鉱物資源が無尽蔵にあり、水力も豊富で、国土全体は森林に覆われている・・・加えて民度の高い優秀な国民・・・・基礎体力としての国力が日本とは異なる&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■ 一方でネオファシズム的な側面も存在&lt;br /&gt;-          サルトルは、スウェーデンをネオファシズムの国として、非常に危険視していた&lt;br /&gt;-          事実、あまり知られていないが1934年から1976年までの間に、強制断種、不妊手術が、6万人以上のジプシーやラップ（スカンジナビア半島北部の少数民族）民族、身体障害者等を対象に行われていた&lt;br /&gt;-          但し、この問題でスウェーデンを責めるのは簡単だが、当時はノルウェーでもデンマークでもスイスでも・・・・つまり広く一般に「当然」と考えられていたことを我々は忘れてはならない&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■中立とは武力で勝ち取るものである&lt;br /&gt;-          スウェーデンは、1813年のナポレオン戦争以来、現在まで180年以上もの中立を守り抜いた世界でも類例のない国である&lt;br /&gt;-          クリミア戦争でもスレスウィッヒ戦争でも第一次大戦でも第二次大戦でも、その後の冷戦でも一貫して中立を維持してきた&lt;br /&gt;-          一方で、スウェーデンでも、またスイスもそうだが、国民皆兵の徴兵制度があり、また国力に不相応なほどの重武装国防力を有している&lt;br /&gt;-          （そういえば、ＳＡＡＢは日本では自動車メーカーとして有名だけど、もともとは航空機メーカーで、スウェーデン空軍の戦闘機はＳＡＡＢ製であることを思い出したりする。国が膨大な軍事費を使うことで、購入国が一国でも戦闘機を作るだけのスケールを維持できるということなのかも知れない）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■ノーベル賞は外交の武器でもアリ、一種の輸出産業である&lt;br /&gt;-          選考には従来から非常に問題があると言われている&lt;br /&gt;-          特にヒドイのが文学賞で、イプセン、ゾラ、トルストイ、リルケ、カフカ、ジョイス、グリーン、プルースト、ストリンドベルイ、志賀直哉、谷崎潤一郎、三島由紀夫、井上靖らが受賞していない一方で、受賞者を並べてみると？？？の印象をぬぐえない&lt;br /&gt;-          平和賞は完全に政治のツールになっており、もっとひどい・・・・キッシンジャーもサハロフもアラファトも佐藤栄作も選考委員会で対立が起こり、アラファトでは激論の末にノーベル賞選考委員の辞任という事態まで発生した&lt;br /&gt;-          人道的なもの、例えばシュバイツァーやマザーテレサ、アムネスティ・インターナショナルや国境無き医師団の際にはあまり異論が無いが、では例えばガンジーはなぜ受賞しなかったのか、不思議に思わないだろうか？答えは単純でイギリス政府に遠慮したから&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■ 将来に不安のない福祉国家だからと言って幸福ではない&lt;br /&gt;-          例えばスウェーデンの自殺率は10万人当り20人程度で、欧州の国としては平均的（旧東欧諸国はおしなべて高く、例えばルーマニアは10万人当り70人程度）&lt;br /&gt;-          犯罪も多い・・・しかも一人当たりＧＤＰが高まるにつれて犯罪率は高まっている！！&lt;br /&gt;-          例えば刑事犯罪のここ数年の平均は日本が大体170万件であるのに対して、スウェーデンは100万件だが、スウェーデンの人口は日本の6％程度でしかない&lt;br /&gt;-          強姦事件は日本の20倍以上、強盗は100倍以上で実にアブナイ国&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■ スウェーデンの女性は怒っており、それが男性のタイヘンなストレスになっている&lt;br /&gt;-          スウェーデン女性は美しい・・・女優みたいなのがそこら中にゴロゴロいる&lt;br /&gt;-          グレタ・ガルボやイングリッド・バーグマンもスウェーデン女性で、要するに八頭身の西洋人形みたいのがそこら中にいる、と考えればいい&lt;br /&gt;-          米国の心理学会では、一般的にスウェーデンが固有的に示す病理的な側面の原因は女性の強さにある、と言われている・・・・心理学用語の「男性的抗議」が強く出ているのである&lt;br /&gt;-          独立願望が強く、依存を嫌う。情緒面で不安定で荒廃し、しかも理想とする男性を自分で育てるという考え方を持たない。利己的で冷淡で永遠に欲求不満（為念：すごい書きぶりだが僕の意見ではありません）&lt;br /&gt;-          だから、日本人女性と結婚したスウェーデン男性たちの特集が雑誌で組まれ「彼女たちはここまで夫に尽くしてくれる、耳かきもしてくれる」というオノロケ記事が出た際に、女性団体から雑誌社に抗議が殺到した・・・曰く「日本人女性は世界の女性解放の敵だ、我々は奴隷が主人に感じる愛情を否定する！」&lt;br /&gt;-          つまり、ストリンドベルイを生んだ国ということである&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■結果として社会進出は、「一応している」と言うべきで、実際にはまやかしの面もある&lt;br /&gt;-          数字で見る限り、スウェーデン女性の社会進出は世界一である&lt;br /&gt;-          国会議員の約4割が女性（ＥＵ平均は2割程度）&lt;br /&gt;-          1999年秋に組閣したペアソン内閣は女性閣僚の方が多かった&lt;br /&gt;-          しかし、こういった数字の下で、本当に女性が社会的に慈しまれているかどうか、という点では疑問である&lt;br /&gt;-          例えば家庭の中における女性の位置づけは、日本より遥かに低い上、夫に比較して所得も低いために、つねに劣等感に苛まれている&lt;br /&gt;-          また労働率が女性の社会進出率が80％と言われて喧伝されるが、約半分はパートである&lt;br /&gt;-          政治家への進出もクオタ制による割り当て選挙のおかげであり、要するに実力で勝ち取ったものではない、という後ろめたさが常に付きまとっている・・・・男性が実権を握っている政府の中で、うるさい女性を黙らせるために制度を少しイジって満足させる、という戦略が見えてくる&lt;br /&gt;-          結果的に、女性の社会進出は大きく偏向しており、職種は特定部門の20種類程度に集中している一方で、男性の職種は160種程度に広く分散している&lt;br /&gt;-          また経済・金融・産業界の女性トップは一人もいない&lt;br /&gt;-          結論から言えば、スウェーデン女性の社会進出は、まやかしの表面的なものでしかない&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-5333895355245473740?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/5333895355245473740/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=5333895355245473740' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/5333895355245473740'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/5333895355245473740'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2009/02/blog-post_11.html' title='スウェーデンについて'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-1410069977649407402</id><published>2009-02-05T16:36:00.000-08:00</published><updated>2009-02-05T16:38:02.540-08:00</updated><title type='text'>マーレイの言葉に思うこと</title><content type='html'>2009年2月6日&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あのアイルトン・セナも在籍していたＦ１チーム：マクラーレンのテクニカル・ディレクターとして一時代を築いたデザイナーでゴードン・マーレイという人がいます。この人、Ｆ１マシンの底から強制的に空気を吸い出して負圧を生み出し、地面に車体をへばりつけるコンセプト＝「ファンカー」を作ったり、極端に空力を優先してドライバーを仰向けに寝そべらせる様なマシンをデザインしたりとアノテコノテの素っ頓狂なアイデアを実行し、しかもそういったアイデアで開発された車が実際に早かった、という素晴らしいデザイナーなのですが、その彼が先日、あるインタビューで「20年前はアイデアがひらめいてそれを実験するとラップタイムが5秒とかポンッと上がったものだ。今はナンですか？物理的に収斂してしまって風洞実験を18時間行って0.5秒の改善？そんなことに人生を費やすのなら私は家でロックを聴いて寝ていますよ」と応えていました（マーレイは故ジョージ・ハリスンとも親交が深かった生粋のロックファンで自宅には数千枚のレコードを隠し持っている由）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この言葉に、ここ2年ほどずっと引っ掛かっています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;18時間風洞実験をして0.5秒しかラップタイムが改善しない。このバカバカしい取り組みに関係者はそれこそ粉骨砕身で打ち込んでいるわけですが、今、こういったバカバカしさは先進国の経済活動の殆どを覆っているように思います。ハーバード大学のクリステンセンが指摘した「イノベーションのジレンマ」もそうですが、要するに、受益者にとってどうでもいいくらいのマージナルな進化しか期待できないことに、人類の英知や才能が膨大に注ぎ込まれている、ということです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、一方で、市場原理はそのマージナルな差を精密にスキャンして、敗者には市場からの退場を迫ります。この点の残酷さは0.01秒でも遅ければ敗者となるＦ１と変わりません。従って、今現在のシステムに我々の社会を乗せている限りは、このバカバカしさから逃れることは出来ないように思えるのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、その集団としてのバカバカしい取り組みの結果、20世紀という時代が千年後に何を残せたのだろうか、ということを考えると、このようなバカバカしさに、21世紀も人類が邁進する、ということは、これは非常に愚鈍ではないのか、という気がしてしょうがないのです。どうするか？マーレイの様にロックを聴いて寝る、というのもありなのかも知れません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;仕事中なので、ちょっと中断してまた考えます。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-1410069977649407402?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/1410069977649407402/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=1410069977649407402' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/1410069977649407402'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/1410069977649407402'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2009/02/blog-post_05.html' title='マーレイの言葉に思うこと'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-4812422210620704351</id><published>2009-02-04T00:24:00.000-08:00</published><updated>2009-02-04T00:53:06.592-08:00</updated><title type='text'>この世で一番ハラたつこと</title><content type='html'>最近よく出会うのだが、たまにトイレで手を洗おうとしてセンサーに手をかざしても、なかなか反応しない蛇口がある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これほどハラの立つものはない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先日などは、さんざっぱら手をブラブラやって、やっとこさ水が出た後、今度は洗った手を乾かそうと思って、やはりセンサー式の ドライヤーに手をかざしたら、これも反応しない！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;後ろに人もいるため、狼狽しつつも、手を濡らしたまま出るのもヤなので、なかなか反応しない機械に手を突っ込んで、後ろの人に卑屈な笑みで「へへへ～すいません」と言いながら、手をブラブラ上下させる、という行動は個人の尊厳を崩壊させるギリギリの線上にある。なぜ僕がこんなクサレドライヤーのために、こんな屈辱を味わあねばならないのか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最近、こういったお節介系のサービスによる怒り、というのが多くなっている気がする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えばエレベーター。「６階です」とか「ドアが閉まります」とかしゃべるヤツがある。静かさは贅沢なのに、私の静かさは貴方の全く無意味なアナウンスで台無しにされている、と感じてしまうのだ。カルシウムが足りないのだろうか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;確かに混んでいるエレベーターだと階数表示が見えにくいこともあるだろうが、本当にこんな機能、意味あるのか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;実際には殆ど効用がないのに、どっかのメーカーがつけ始めて、付加価値をつけることに深く考えられ&lt;br /&gt;ない競合他社が、それっと付和雷同した結果、どこも同じ「おせっかい音声つき」のハードが蔓延することになってしまったのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ウルサイ、ということで言うと目にウルサイ広告も実に腹立たしい。最近のタクシーは、後席に液晶モニターがついていて、バカ面をしたタレントがチャカポコ画面で動いており、これが実に目にウルサイ。こっちは外の景色を楽しもうと思っても、目の端でチカチカ動くので実に腹立たしい。美しいものを見るのは個人の権利なのに、その権利を暴力的に奪われているという気がしてしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;音声も同じである。ご乗車有難う御座います。またのご利用をお待ちしております、なんて機械に言わせることの意味をもう一度サービス提供者はよく考えてみた方がいい。顧客にとってどんな付加価値があるのか？運転手さんから直接言われるのなら、まだ気持ちいいが、文字通り魂の入っていない言葉でそんなこと言われても、耳にわずらわしいだけだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こんなサービスとかガジェットの開発に、携っている人がいることを考えると気の毒でならない。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-4812422210620704351?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/4812422210620704351/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=4812422210620704351' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/4812422210620704351'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/4812422210620704351'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2009/02/blog-post.html' title='この世で一番ハラたつこと'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-2504986437522947716</id><published>2009-01-28T01:54:00.000-08:00</published><updated>2009-01-28T01:59:18.792-08:00</updated><title type='text'>弓と禅</title><content type='html'>弓と禅を読了。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;明治政府の依頼で東北大学の哲学科教授に招聘されたドイツはカント派の哲学者、オイゲン・ヘリゲルが、日本において修行した弓について、その修行の模様と蘊奥としての禅の思想について述べた本。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本という国が、その時代から一巡して、今後ドコに行くのかよくわからない、という時期に読むことで意義が増す本だと思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ヘリゲルは弓聖といわれた阿波研三に教えを乞うた。そしてその教えは論理哲学を標榜するヘリゲルにとっては驚天動地のパラダイムであった。曰く、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;：的を狙ってはいけない&lt;br /&gt;：矢を放してはいけない&lt;br /&gt;：矢を放すのではなく、笹に積もった雪が自然に落ちるように、矢に行かせなさい&lt;br /&gt;：力を入れてもいけない&lt;br /&gt;：貴方が射るのではなく、「それ」が射る&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-2504986437522947716?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/2504986437522947716/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=2504986437522947716' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/2504986437522947716'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/2504986437522947716'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2009/01/blog-post.html' title='弓と禅'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-723192613686628736</id><published>2008-05-30T02:00:00.000-07:00</published><updated>2008-05-30T02:01:51.068-07:00</updated><title type='text'>エンデの遺言</title><content type='html'>08/05/27エンデの遺言&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■ファンタジーは未来から学ぶための素材&lt;br /&gt;-          現実逃避や空想の冒険を楽しむためではない&lt;br /&gt;-          ファンタジーによって将来起こるかも知れないことを具体的に思い浮かべる&lt;br /&gt;-          そこを起点にして新しい規準を作る&lt;br /&gt;-          過去に学ぶのではなく未来を具体的に空想し、そこから学ぶ&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■スイスの経済学者ビンズヴァンガーは無限の進歩という幻想を作り出した近代経済は中世の錬金術と同じと言っている&lt;br /&gt;·                   &lt;br /&gt;■1997年と1998年でノーベル経済学賞の評価の軸足は100％変わった&lt;br /&gt;-          97年はデリバティブズの価格形成理論で実績を上げたショールズとマートンが取った&lt;br /&gt;-          98年は当時主流だった新古典派経済学を批判し、福祉や倫理的な動機付けを視野に入れたインドのアマーティア・セン教授が取った&lt;br /&gt;-          ショールズとマートンは自身の価格形成理論を用いてヘッジファンド運用会社を経営したが、この会社が巨額の損失を出して倒産したことも考慮されたのかも&lt;br /&gt;·                   &lt;br /&gt;■シルビオ・ゲゼルは「老化するお金」のコンセプトを提唱した&lt;br /&gt;-          ゲゼルは「お金で買ったものはジャガイモでも靴でも老化するのに購入に使ったお金はなくならない。これはモノと貨幣で不当競争が行われていることになる」と指摘した&lt;br /&gt;-          有名なケインズの一般理論には「我々は将来、マルクスよりもシルビオ・ゲゼルの思想から多くを学ぶだろう」という言葉がある&lt;br /&gt;-          このゲゼル理論を用いて1929年の世界大恐慌後、オーストリアｍのヴェルグルという町で一ヶ月に1％ずつ価値が減少する貨幣を導入したところ、貨幣の流動性が高まって不況が解消したという事例がある&lt;br /&gt;·                   &lt;br /&gt;■お金は現代の神として振まっている&lt;br /&gt;-          エンデは小説「ハーメルンの死の舞踏」でお金が神のように崇拝される姿を描いた&lt;br /&gt;-          確かにお金には一般的に神のものとされる特質が備わっている&lt;br /&gt;-          例えばお金は不滅で、人を引き寄せ、あるものを別のものに変える&lt;br /&gt;·                   &lt;br /&gt;■エンデの見るところ、最大の問題はお金がモノを交換したりするための道具であったのに、それ自体価値を持って商品として流通することになったことである&lt;br /&gt;·                   &lt;br /&gt;■思想家のルドルフ・シュタイナーは社会を三分節化する社会三層論を建てた&lt;br /&gt;-          社会全体を精神と法と経済に分ける&lt;br /&gt;-          精神生活では自由が、法生活では平等が、経済生活では助け合いが基本理念であるとエンデは説いている&lt;br /&gt;-          この文節はフランス革命のスローガンだった自由・平等・博愛とそのまま対応する近代社会の理想を表してもいる&lt;br /&gt;-          エンデは今日の社会の問題は、この三つのレベルの異なる事象がいっしょくたにされて別のレベルの理想が混乱して語られていることにある、としている&lt;br /&gt;·                   &lt;br /&gt;■マルクスの思想は根本的には正義に立脚している&lt;br /&gt;-          マルクスは資本家に弱者である労働者がひどい搾取をされているのを直接目撃した&lt;br /&gt;-          倫理的に、これを何とかしなければいけないと考えたのは正しいが、それと彼の思想がメカニズムとして機能しなかったのは別の問題だ&lt;br /&gt;-          マルクスは地平から日がほっておいても昇るのと同じようにプロレタリアートによる革命から労働者の独裁が成就し、そこで新しい人間が出てくるとしていたが、結局は何も起こらなかった&lt;br /&gt;·                   &lt;br /&gt;■エンデは読書のあり方にも鋭い疑問を投げかけている&lt;br /&gt;-          「Ｍエンデが読んだ本・親愛なる読者への44の質問」で「数人の人が同じ本を読んでいるとき、読まれているのは本当に同じ本でしょうか？」という質問を投げかけている&lt;br /&gt;-          エンデは本という作品は、読者と本との一対一の関係の中で始めて完結するものであって、本自体で完成した作品にはならないという考え方を持っていた&lt;br /&gt;-          エンデはいつも、現代人は「この本は要するに何を言っているのか」という質問に捉われてしまった、と嘆いていた&lt;br /&gt;-          陳腐な決まり文句や、簡単なメッセージ&lt;br /&gt;·                   &lt;br /&gt;■流動しない金には流動性プレミアムが無いはず&lt;br /&gt;-          貨幣、金やプラチナ、債権とうの財はそれぞれの流動性に応じたプレミアムがつく・・・・これを流動性プレミアムという&lt;br /&gt;·                   &lt;br /&gt;■ディーター・ズーアは、流動しないお金、モノに変わらないお金には流動性プレミアムが無いのだから減価させるべきだと説いた&lt;br /&gt;·           しかしこの議論はヘン・・・流動性プレミアムは「流動させようと思ったら流動させられる」という一種の権利料なので、いま流動していないから流動性プレミアムを原価させる、というのはそもそもおかしい？？&lt;br /&gt;·                   &lt;br /&gt;■実はケインズも国際通貨制度改革に関して、1943年にマイナス利子率を持つ国際通貨＝バンコールのシステムを提案した&lt;br /&gt;-          いわゆるケインズプラン&lt;br /&gt;-          このシステム下では、国際清算同盟の黒字諸国は国際通貨として考えられたバンコール建て残高にマイナスの利子率が課され、そのことで対外交易を加速させながら国際収支の維持均衡を図ることが考えられた&lt;br /&gt;-          この案は米国のホワイト案に破れ、このホワイト案をもとに現在の国際金融秩序が出来上がった&lt;br /&gt;·                   &lt;br /&gt;■プラス利子率のシステムは恒常的・偏在的であったわけではない&lt;br /&gt;-          古代エジプトでは減価する貨幣システムが使われていた&lt;br /&gt;-          農民は国庫に収穫物を納め、対価として貨幣を受け取る&lt;br /&gt;-          この貨幣は国庫の収穫物にかかる修造費用とネズミ等に荒らされる分だけ減価するようになっていた&lt;br /&gt;-          そうすると農民はなるべく早くそのお金を使って豊かさを維持しようとする&lt;br /&gt;-          農民は「なるべく長い間価値が残るようなもの」をお金で買おうとする・・・それはかんがい施設の整備や土地の改良である&lt;br /&gt;-          つまり土地が生んだ豊かさをお金のままで維持せず、長期的に自分の利益になるようなものに注ぎ込んだ&lt;br /&gt;-          このためにナイル川流域は非常に豊かな穀倉地帯になった&lt;br /&gt;-          これを破壊したのがローマ人・・・ローマ人はエジプトを占領してプラス利子率のシステムに全部切り替えた結果、農業に対する長期視点での投資が激減してナイル川流域の穀倉地帯は荒れてしまった&lt;br /&gt;-          中世の欧州でも減価する貨幣システム＝ブレクテアーテが存在した・・・このシステムの下で中世欧州人はエジプト人と同じように中長期的に自分たちの豊かさにつながるようなものに投資した。それはカテドラルである&lt;br /&gt;-          当時のカテドラルは巡礼者を呼び寄せ、町に繁栄をもたらすという経済的な意味と、キリスト者たちに対する救いという宗教的な意味で中長期的な投資対象だった&lt;br /&gt;·                   &lt;br /&gt;■プラス利子率では人類の未来に遺産を残せないかも&lt;br /&gt;-          なぜこのようなことが行われたかというと減価する貨幣だとなるべき長期的な利益になるようなものにお金を変えようとするから&lt;br /&gt;-          逆にプラス利子の場合は、お金が利子を生むスピード以上で短期的に利益を生み出すものが交換＝投資の対象になる&lt;br /&gt;-          典型的な例は日本の林業・・・今のお金のシステムだと林業に投資しても回収に時間がかかりすぎるので、木は伐採して売り払う方が利益率が高い&lt;br /&gt;-          その結果、海の磯焼けと言われる砂漠化を引き起こすことになった&lt;br /&gt;-          いま、中世の人が残したような1000年後の人々への何者かを、我々は日々作っているのかを考えなければならない&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-723192613686628736?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/723192613686628736/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=723192613686628736' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/723192613686628736'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/723192613686628736'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/05/blog-post_30.html' title='エンデの遺言'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-4020967826446222415</id><published>2008-05-22T20:50:00.001-07:00</published><updated>2008-05-22T21:28:21.228-07:00</updated><title type='text'>美学　対　実利</title><content type='html'>ソニーのプレイステーションの開発を題材にしたルポ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■誰が見ても最初は負け試合&lt;br /&gt;：とりあえず300万台売ってから来てください、とゲームメーカーに言われた&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■リアルタイム性が大事&lt;br /&gt;：ボタンを押した瞬間に反応する、というのが必要&lt;br /&gt;：同じコンピューターでもワークステーションやパソコンにはそれほどリアルタイム性は必要ない&lt;br /&gt;：従って一見リアルタイムに見えても開発者の意図しないところで突然遅延したりする&lt;br /&gt;：プレイステーションの期間技術となったシステムGは画期的に遅延がなかった&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■もともとゲームが作りたかったわけではない&lt;br /&gt;：ゲーム以外の用途にもマルチに対応できる超高性能な家庭用コンピューターを出したかった&lt;br /&gt;：超高性能なコンピューターを作るためにSGIのワークステーション用LSIが使いたかった&lt;br /&gt;：しかしSGIのワークステーションは1000万円くらいした&lt;br /&gt;：高価になる理由は簡単で、数が少ないから&lt;br /&gt;：数を出せば安くなるはず、そこで数を出すためにまずはゲームとして出すことにした&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■コンセプトを骨太に&lt;br /&gt;：セガセターンはもともとドット絵を前提にしたアーキテクチャ&lt;br /&gt;：ところがアーケードで出した三次元CGのバーチャファイターが大うけ&lt;br /&gt;：その上にソニーが三次元CGのゲーム機を出すと聴いた&lt;br /&gt;：戦略を完全にミスった、とこの時点で気付いた&lt;br /&gt;：そこでほぼ完成してたセガサターンの設計に、同じCPUを加えて三次元CGに対応させた&lt;br /&gt;：久夛良木氏曰く「後付で何とかなると思うほうが悪い。性能も良くならず、コストも跳ね上がる。ありものの組み合わせでいいものはできない」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■CD－ROMを採用したのも同じ&lt;br /&gt;：もともとのコンセプトが絵と音と文字を同時に扱えるエンタテイメントコンピューターである以上、容量の少ないROMカートリッジは不適切&lt;br /&gt;：初期のコンセプトに拘って、いろいろ議論はあったものの「CD-ROMで行こう、決まりだ」と久夛良木氏が決断&lt;br /&gt;：CD－ROMにした結果、製造コストも下がり、製造リードタイムも短くなった&lt;br /&gt;：製造コストとリードタイムが圧縮化したことで、初期に小さく作って市場の反応を見ながら生産するというアプローチが可能になった&lt;br /&gt;：任天堂のROMカートリッジはその逆で、リスクを取れないために売れることが確実のソフトを初期に大量生産するだけで、しかもリスクを任天堂側でとることを嫌い、すべてソフトメーカーの買い上げにしていた・・・ここに潜在的に不満を持っているソフトメーカーは多く、最終的にはドラクエのエニックスやファイナルファンタジーのエニックスもソニー側につくことになった&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■新しいゲームクリエイターを採用&lt;br /&gt;：新規プラットフォームだからエースクリエイターはゲームを作ってくれない&lt;br /&gt;：そこで既存のゲームクリエイター以外から新たな才能を集めた&lt;br /&gt;：佐藤雅彦のIQや松浦雅也のパラッパラッパーはその代表&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■次世代機を出すに辺り、飛躍的な性能向上を求める&lt;br /&gt;：エンジニアでさえ、それは無理ですよ、という数値を社長が出す&lt;br /&gt;：無理ですよ、というエンジニアに対して、納得せずストレッチしまくる&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■とにかくハードでちゃんと黒字を出す&lt;br /&gt;：いくつかの分析ではプレイステーション本体は赤字で、ソフトのライセンスで儲けているとされていた&lt;br /&gt;：確かに生産初期の歩留まりの悪い段階で本体が赤字だったことはある&lt;br /&gt;：しかしこの考えを「考え方のポイントがずれている」と久夛良木氏は一蹴する&lt;br /&gt;：曰く「ハードで黒字化しないと健全なビジネスにならない。ハードの黒字化に失敗したところは結局はみんな撤退しています」&lt;br /&gt;：セガサターンもそうだった。急場しのぎの設計変更でコストが上がったが競争力を維持するために赤字でも売り続けた&lt;br /&gt;：この価格切り下げ作戦はソニーの作戦通りだった。もともとシンプルなアーキテクチャを採用しているプレステは価格を下げやすいため、改善がどんどんコスト切り下げにつながっていったがセガサターンはもともと後付けで出来上がったためにコスト削減をしにくいアーキテクチャだった&lt;br /&gt;：セガはソニーほど企業体力が潤沢ではない・・・大きな投資を行って開発したハードを赤字で販売し続けることは企業体力を徐々に奪っていく&lt;br /&gt;：類型販売台数が1000万台を超えるころにプレステはハード単体の販売での黒字化を達成&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■後で決められることは後で決める&lt;br /&gt;：同時平行で技術開発を進めていて、なかなか決めないことが後で助かったということが多かった&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■安く作るためには抜本的なアイデアが必要&lt;br /&gt;：プレステ用に世界で始めてDVDとCD両用のピックアップレンズを開発した&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■底の深いプラットフォームが必要&lt;br /&gt;：ゲーム開発者が1～2年でハードの潜在能力を引き出せるようでは開発者が飽きてしまう&lt;br /&gt;：発売後4年ぐらいしてやっと性能の100％を引き出せるようにする&lt;br /&gt;：ハードウェアの世代交代が近い時期になると100％を超えるようなとんでもないソフトが出てくる&lt;br /&gt;：PS2は一言で搾り出せる機械になっている&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■スピードの限界は熱の限界&lt;br /&gt;：コンピューターの性能を上げるにはクロックスピードを上げればいい&lt;br /&gt;：クロックスピードとはパソコンのCPUが一秒間に何回のサイクルで仕事をするかということ&lt;br /&gt;：例えば2ギガヘルツのCPUなら一秒当たり20億回のサイクルで処理を行っている&lt;br /&gt;：クロックスピードを上げると消費電力も上がり、その分発熱量も増える&lt;br /&gt;：過度の発熱はプロセッサの正常動作を妨げる&lt;br /&gt;：この発熱量の増大が、実はコンピューターの性能アップの最大のボトルネックになっている&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■中堅ソフトの苦戦&lt;br /&gt;：PS2の売上はなかなか伸びなかった&lt;br /&gt;：理由は中堅ソフトの苦戦&lt;br /&gt;：大ヒットシリーズは相変わらず売れていた&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■難しくなりすぎたゲームの隙間を取られた&lt;br /&gt;：理由はゲームが難しくなりすぎたことにある&lt;br /&gt;：コンピューターが高度化してゲームも複雑になり、10時間プレイしないとゲームとしてのおもしろさが見えてこないようなソフトが多くなってきた&lt;br /&gt;：これは著しく他の娯楽に比べてタイムコンシューミング&lt;br /&gt;：学習コストが高くなったことによって、シリーズものへの傾斜が強まった・・・PS2発売から2007年8月までに国内に出されたトップ100タイトルのうち、シリーズものでないのはなんとたった3本しかない&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-4020967826446222415?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/4020967826446222415/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=4020967826446222415' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/4020967826446222415'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/4020967826446222415'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/05/blog-post_22.html' title='美学　対　実利'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-1572615890164255041</id><published>2008-05-22T18:51:00.000-07:00</published><updated>2008-05-22T18:52:15.669-07:00</updated><title type='text'>速さと正確さ</title><content type='html'>ネットは新聞を殺すのか、を読んで&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;欧米やアジアには「消息筋によると」とか「うわさでは」といった形で、真偽の程は定かではないがこういう情報がある、というのをまとめて提供してくれるサービスがあります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これは既存のマスメディアに対する大きなカウンターサービスになる可能性があるかも知れません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;根源的に考えれば、情報の価値の大小を決定するのは「正確さ」と「速さ」と「深さ」の三点であることがわかります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このうち、上記のサービスは「速さ」で勝負していると言えます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;伝統的に、マスメディア、特に新聞は特ダネを取ると褒められ、誤報を出すと怒られるという側面があります。特ダネというのは「速さ」で一番を取りながら、正確さも担保する、ということですから情報の価値の３つの側面では二つを担保しているということなので、これは褒められるのは当たり前なのですが、問題は誤報です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;速く出すことを志向すればどうしても正確さは犠牲になってしまう。正確さを余りに重視するが故に速さが犠牲になる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;インターネットメディアが速さで勝負するのであれば既存マスメディアは正確さと深さで勝負するのだ、というと聞こえはいいですが、記者クラブ依存体質のままではこの二つに関しても大きく他メディアと差別化するのは難しいかも知れません。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-1572615890164255041?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/1572615890164255041/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=1572615890164255041' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/1572615890164255041'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/1572615890164255041'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/05/blog-post.html' title='速さと正確さ'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-2282781510714618903</id><published>2008-04-24T15:52:00.000-07:00</published><updated>2008-04-24T15:56:30.849-07:00</updated><title type='text'>聖火大作戦</title><content type='html'>聖火が日本に来たらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;別にどうでもいいのですが、なにかトラブルが起こるのではないか、と皆が疑心暗鬼になっているみたいですね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そこで、とっておきの対応策を提案したい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;：聖火ランナーのそっくりさんを50人用意する&lt;br /&gt;：聖火トーチのそっくりさんを50個用意する&lt;br /&gt;：同時に皆でバラバラのルートで走らせる&lt;br /&gt;：本物の聖火はあたまに火を付けて運ぶ&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-2282781510714618903?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/2282781510714618903/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=2282781510714618903' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/2282781510714618903'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/2282781510714618903'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/04/blog-post_24.html' title='聖火大作戦'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-726297060056488433</id><published>2008-04-23T22:11:00.000-07:00</published><updated>2008-04-23T22:22:26.383-07:00</updated><title type='text'>アートと価格</title><content type='html'>これまでアートに関しては価格はあまり重要な市場拡大要素ではない、と言われてきました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;確かにクラシックのコンサート市場においてはあまりチケットの値段を下げても需要は拡大しないことが経験則で分かっています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;でも最近そうじゃないんじゃないか、と思い始めています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;きっかけは東京で毎年ＧＷに行われるクラシックのお祭り、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの取組みです。おととしは30万人近く集めたこのイベント、半分以上がクラシック初体験だったそうなのですが、チケット価格は1500～2000円前後と、メチャクチャ安いのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えば美術専門出版社のＴＡＳＣＨＥＮやクラシック専門のＣＤレーベル等、それまで高価で当たり前だった市場に安さを売りにして参入して需要を拡大したところがありますが、同じですね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ラ・フォル～の成功事例を見ると、価格は関係ない、というこれまでのアート界の通説が実は間違っていたのではないか、という気がします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ミクロ経済学的に言えば、需要と供給のバランスは価格によって調整されます。価格を下げても需要が増加しないことを、需要の価格弾力性が低い、といいますが、クラシック界ではまさにそれが言われていたわけです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところが、どうもそうでないらしい。ここでかぎになっているのが、費用対効果の効果側の問題ではないかと思っています。価格が低くなって需要が増加するのは費用対効果が改善するからです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;クラシック界において値下げがあまり効かなかった、というのは費用対効果が既に高い人に対して、更に費用を下げる、というアプローチを取りつつ、費用対効果を認めていない人には費用をいくら下げても効果があることを訴えないと意味が無いことを示唆しています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ラ・フォル～の成功事例は、クラシックのコンサートを一連のお祭りにすることで楽しそうな雰囲気を作り出したことで効果「感」を演出すると同時に、低価格を進めたことがポイントなのではないでしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そうすると他のオーケストラやコンサートホールはどうすればいいのか？価格を下げるのではなくて知覚価値を上げることがポイントになります。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-726297060056488433?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/726297060056488433/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=726297060056488433' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/726297060056488433'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/726297060056488433'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/04/blog-post_23.html' title='アートと価格'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-3427232468624777660</id><published>2008-04-22T00:44:00.000-07:00</published><updated>2008-04-22T00:52:32.989-07:00</updated><title type='text'></title><content type='html'>ボルジア家の圧政はミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチのルネサンスを生んだ。スイス500年の平和は何を生んだ？ 鳩時計だけさ」――&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;映画「第三の男」より　ハリー・ライムのセリフ&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これになぞらえて言えばわが国ではどうなるだろう？？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;徳川家の圧制は北斎、広重の浮世絵を生んだ。戦後の平和が何を生んだ？「××××」だけさ！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;問１　質問文の「××××」にふさわしいと思われる語句を下記の選択肢から選びなさい。&lt;br /&gt;　　　　　　　　①キダタロー&lt;br /&gt;　　　　　　　　②公害&lt;br /&gt;　　　　　　　　③北斗の拳&lt;br /&gt;　　　　　　　　④北京オリンピック&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さようなら&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-3427232468624777660?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/3427232468624777660/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=3427232468624777660' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/3427232468624777660'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/3427232468624777660'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/04/500.html' title=''/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-6961692785052177431</id><published>2008-04-21T23:41:00.000-07:00</published><updated>2008-04-21T23:44:07.506-07:00</updated><title type='text'>欲望の水先案内人</title><content type='html'>Ｙｏｕｔｕｂｅ見ているといろいろと欲しいＣＤとかＤＶＤとかが出てきて実際に購入してしまったりするから、売上は毀損されるどころかむしろ上がっている可能性もある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ただ、これはＹｏｕｔｕｂｅの画像とか音声の質が悪いからであって、クオリティがよくなったら全て代替されちゃうから、むしろクオリティに規制をかけるほうがいいんじゃないかしら？？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;でもそうすると画像とか音声の質がコンテンツの質に関係ないバラエティとかお笑いの映像とかっていうのは、Ｙｏｕｔｕｂｅで代替されちゃうのかモ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;やっぱダメか。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-6961692785052177431?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/6961692785052177431/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=6961692785052177431' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6961692785052177431'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6961692785052177431'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/04/blog-post_5406.html' title='欲望の水先案内人'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-977342620818145697</id><published>2008-04-21T23:06:00.000-07:00</published><updated>2008-04-21T23:11:58.840-07:00</updated><title type='text'>温泉街のジレンマ</title><content type='html'>ここ二年ほど書き溜めていた書籍の原稿を先週末に脱稿した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最後は発散発散でまとめ切れず、いくつか面白いと思う着眼点を思いついたのに取り込めなかった。また書くのは今はうんざりだけどまた書きたくなるかも知れないので、すこしずつまたネタを仕込みたい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こぼれちゃった思考実験の一つ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;温泉街のジレンマ&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;都会の人は手付かずの自然を見て心と体の疲れを癒したいと考えて温泉地や保養地などを訪れる。例えばイタリアのトスカーナなどではこの欲求はどんぴしゃで満たされるのだが、日本の田舎を訪れると街道沿いを埋め尽くす温泉宿や牧場のうら寂れた看板にゲンナリさせられることになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なぜこういうことが起こってしかも是正されないのか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ここには一種のナッシュ均衡が働いている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;街道沿いに何も無かった時代に初めて掲出された看板はそれなりに効果を発揮しただろう。そして他の旅館や牧場がそれを見て同じように看板を掲出しようと判断したのもごく合理的だ。そしてそれを繰り返すうちにだんだんと街道は看板で埋め尽くされるようになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;看板の数が増えてくるとアテンションのシェアは減るため、目立つことを狙って表現はドギツく、文字は大きくなって全ての看板が似たような表現に収斂していく。看板の数を減らそうにも個々の温泉宿や牧場にとっては看板を自分だけ下ろすメリットは無いので結局看板の数は減らない。結果として風景そのものは破壊されてしまい、全体としての集客力は大きく毀損してむしろ看板を出す前より客足は落ちてしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これが温泉街のジレンマだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このジレンマは広告およびその手法の持っている合理性が内在させている矛盾点をあらわにしている。日本の広告も、温泉街のジレンマと同じ状況に陥っている可能性があるのではないか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;という考え方。だから何だ、というのをこの先考えます。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-977342620818145697?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/977342620818145697/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=977342620818145697' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/977342620818145697'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/977342620818145697'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/04/blog-post_21.html' title='温泉街のジレンマ'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-3349356927651397407</id><published>2008-04-14T20:44:00.000-07:00</published><updated>2008-04-14T20:52:29.575-07:00</updated><title type='text'>希少なのは消費者の時間</title><content type='html'>産業革命以来の歴史を見てみると常に世の中で希少なものを握っている人に富が集中していたことがわかる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ボトルネックがどんどんバリューチェーンを移動していく。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;蒸気機関はもともと石炭を掘り出す坑道から地下水をくみ出すための動力だった。これを紡績に使ったら今度は糸が足りなくなり、糸の生産に動力を使ったら今度は販売ネットワークが足りなくなったから蒸気機関車で国中に布を運搬するようになった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;どこかの生産量が爆発的に増えると、ネットワークの中のどこかに溢路が発生してそのボトルネックを解消した会社は人に富が入り込む。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;古典派経済学では労働は過剰で資本は希少だった。だから資本化がますます富むという循環が出来たわけだがムーアの法則が成り立つ世の中では希少なのは消費者の時間ということになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ムーアの法則による1960年から集積回路の価格は一億分の一になった。これは、1960年当時100億円かかっていた工場が100円で出来ることになり、工場を作って労働者を集めるよりも、労働者一人ひとりに工場を作ってあげる方が、移動コストや時間コストを考えるととく、ということになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;資本がほとんどタダ、ということになると人の時間がもっとも重要なボトルネックにある。なぜなら人の時間は一日24時間以上、絶対に増やせないからだ。こうなるとこの時間を節約してくれるプレイヤーに富が集まるということになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;グーグルはまさにそれである。グーグルは「情報を整理する」という機能を提供しているが、本質的な価値は消費者の時間を売っている、ということなのだ。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-3349356927651397407?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/3349356927651397407/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=3349356927651397407' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/3349356927651397407'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/3349356927651397407'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/04/blog-post_14.html' title='希少なのは消費者の時間'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-3273764444499166714</id><published>2008-04-13T23:34:00.000-07:00</published><updated>2008-04-13T23:55:47.268-07:00</updated><title type='text'>重要なのは情報量</title><content type='html'>苔むした地面の上を裸足で歩くととっても気持ちいい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;中学二年生の夏休み、風にゆれる大樹が奏でるサーッという葉ずれの音を聴いて、果たしてこれに勝てる音楽があるのか、と思ったことがある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;絶品の一皿は言葉を拒絶してただ一緒にそれを食している相手との表情の交歓しか受け付けない。ワインを飲んで素人が解説するとどうしてああ薄っぺらく陳腐になってしまうのか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いずれも、鍵になっているのは圧倒的な情報量の多さなのだと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人間は、情報量の多いものを気持ちいいと思うように出来ている。そして訓練を積めば積むほど、情報量の多いものしか受け付けなくなってくる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えば、表情に力のある人が居る。男性でも女性でも、そういう人の表情には情報量が多くて、それが魅力になっている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一方で、近年のＡＶ女優の記号的な美しさにはそれが無い。造形的に記号としての美しさを追求した結果出来上がった記号としての形態があるだけで、そこには情報量という地盤を持つ美が無い。非難を恐れずに言えば、最近の女性向けの雑誌の表紙を飾るモデルからも、どんどん情報量が失われている気がする。要するに、おんなじ顔に見えるようになっているんじゃないか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先日、モディリアーニの展覧会に行って、前々から考えていたこのことを改めて再認識させられた。モディリアーニの肖像にはフォルムやディテイルのリアリティは無い。極端ななで肩の上になすびのような顔がのっていて目もガラスだまのように描かれている。だけれどもその人物がどういう境遇に居て、いま何を考えているのか、ということに対する想像力はピリピリと刺激される。ＡＶ女優や雑誌モデルにはそれが無い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これは一時期の音楽ムーブメントからも言えると思う。ＴＭネットワークが一番わかりやすいが、シンセを使っていても結局は残る音楽と、時代とともに消えていってしまう音楽の一番の差は情報量にあるのではないか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;クリエイションを志向するのであれば、この情報量の再獲得というのは重要なキーワードだと思う。&lt;br /&gt;建築という分かりやすい秩序から森という目に見えない秩序へ。クラフトワークからローリーアンダーソンへという流れが行き着く先の情報量のエンタテインメント、という方向性。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-3273764444499166714?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/3273764444499166714/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=3273764444499166714' title='1 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/3273764444499166714'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/3273764444499166714'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/04/blog-post.html' title='重要なのは情報量'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>1</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-9053811243318213490</id><published>2008-04-13T18:15:00.000-07:00</published><updated>2008-04-13T18:36:20.196-07:00</updated><title type='text'>30秒→15秒→？</title><content type='html'>30秒ＣＭが主流だった70～80年代から、今は15秒ＣＭが主流。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ＣＭの枠が短くなることで単価は安くなり、相対的にロングテールな方向へクライアントベースが広がったのだが、30秒のＣＭが15秒になることで伝達できる情報の量や質にも変化を伴っただろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;平たく言えば、15秒になることで情報がより表層的になった、ということになるのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ソロモンアッシュが1950年代に行った実験では、人は情報の量よりもシェアに態度を左右されるという結果が出ている。5人しか友達の居ない人の5人が自民党がいい、といった場合と、20人友達が居る人の友達の8人が自民党が言いといって、残りの12人が民主党がいい、といった場合を想定すれば皮膚感覚でわからない議論ではない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして情報の総量に占める広告情報のシェアが下がるのであれば、広告の態度変容させるパワーはどんどん減るのではないか、というのが二年前にＴｈｉｎｋ！に掲載した論文の趣旨だが、もしそういった流れが現実化していくのであればテレビＣＭが15秒であり続ける理由も、あまり無いような気がする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;YouTubeを見てもらえればわかるのだが、15秒ＣＭと30秒ＣＭではまったく詰め込める情報量が違う。30秒というのは、作る人が作れば一種の映画になりうる、ギリギリの長さだと思う。例えば1980年代に流れたサントリーローヤルのＣＭ。これなどは喚起力が映画並みにあるのだが、15秒でそういう、茂木健一郎さんが言うところのクオリアを生み出すことは殆ど不可能だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;広告にクオリアを生み出す能力がそもそも必要ない、という時代。そもそも記憶が外部化して、モノを買う段階になって初めてネット上の情報を参照して態度を形成する、ということになるのであればテレビＣＭのような絨毯爆撃的なメディアには、態度変容よりも「告知」の役割だけを期待するようになる。そうなると15秒というのはいかにも過剰スペックである可能性が出てくる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり、告知だけなら5秒で十分という考え方だ。&lt;br /&gt;5秒の告知スポットで名前だけは繰り返しオンエアし、実際に購入の段階になった人に「思い出してもらう」（態度形成は狙わない）ことで、ネットでの検索活動を誘発し、後の態度形成はネット情報＋店頭での比較で行ってもらう、という流れ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いまテレビ局はスポットの落ち込みが激しくて右往左往しているので、枠を小型化することで更にロングテール側にクライアントベースを広げる、という点でもなかなか有意義な打ち手ではないでしょうか。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-9053811243318213490?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/9053811243318213490/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=9053811243318213490' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/9053811243318213490'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/9053811243318213490'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/04/koukoku.html' title='30秒→15秒→？'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-423980795863677443</id><published>2008-03-31T19:07:00.000-07:00</published><updated>2008-03-31T19:09:49.929-07:00</updated><title type='text'>雑感</title><content type='html'>2008年3月31日&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;恐らく、多くのマスコミ関係者がなんとなく気付きながらも、認めたくないと思っている昨今判明した事実、というか現象として「シロウトが作ったものでも大衆の注目を集めうる」ということが挙げられると思う。三菱総研が先日行った調査では10代の動画視聴時間に占めるテレビ映像のシェアが60％を切ったそうだ。残りの時間はもちろんＤＶＤ等もあるがネットの動画サイトの視聴時間が大勢を占めるという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ここ数年の間にだんだんとこういう状況になってきたので今更ながらに驚く人は居ないが、改めて考えると信じられないことが起き始めている、という気持ちを禁じえない。マスコミ関係者は自分たちが作る映像や印刷物が、どれほどまでに細部に気を配って拘って制作されているかをよく知っている分、シロウトが暇つぶし半分に作ったものが人の関心を引き付けることなんてないと思っていたし、もっと言ってしまえばあってはならない、とも思っているだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ここでキーになってくるのはデバイスの進化とインターネットの普及ではないだろうか。デバイスの進化はアマチュアとプロの差異を減少させて消費者にクリエイションの楽しみを浸透させた。そしてネットは、平均点が低いコンテンツでも沢山集めて皆で人気投票やると、その中からプロ顔負けの作品が表出してくるという一種の市場原理を成立させる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これは中長期的にコンテンツを生み出していく社会の底力にどう作用するのだろうか？中途半端で大衆ウケするようなコンテンツが、消費者サイドで作られるようになるとプロにはプロならではのものが求められるようになるのかも知れない。いずれにせよ重要なのは経済システムとして全体系を考えた場合、社会がコンテンツに払えるお金には限りがある以上、視聴するものが変われば、その分配率も変わって今まで高収益を得ていたプレイヤーに価値が分配されなくなる恐れがあるということだ。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-423980795863677443?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/423980795863677443/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=423980795863677443' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/423980795863677443'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/423980795863677443'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/03/blog-post_31.html' title='雑感'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-7318351077899360892</id><published>2008-03-20T18:06:00.000-07:00</published><updated>2008-03-20T18:17:31.405-07:00</updated><title type='text'>レオナルド・ダ・ヴィンチ　ケネス</title><content type='html'>レオナルド・ダ・ヴィンチ　ケネス・クラーク　法政大学出版局&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;3月20日読了。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一番面白かったところの抜粋。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「教えてくれ、これまでに何か一つでもやり遂げたことがあるだろうか」。この言葉はレオナルドのノートやスケッチに度々登場する。複雑な計算の合間にもふと書かれているこの言葉は、はっきりと彼の病んだ心を表している。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もともとレオナルドという人は器用貧乏だったのかもしれない。結果的には貧乏でもないし、器用という言葉にそぐわない程の傑作を残したのだが、ずっと不完全燃焼だったのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;レオナルドは晩年にフランスに城を与えられ、仕事といえば領主の話し相手になることだけ、ということで無為の日々を送った。その期間、彼は油絵はおろか、スケッチや素描すら残していない。腕の麻痺が進行したという話もあるが、もともとが努力家でもなかった上、粘り強さも無かったということなのかも知れない。しかしその性癖を持ってあれだけの傑作を物にしたのだから、惜しいというかなんというか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;著者のケネス・クラークはイギリスの美学者だが文中のそこかしこにレオナルドに対する愛着が横溢していて微笑ましい。レオナルドは図形のパズルのようなものを大量にスケッチブックに残しているのだが、著者は「ああ、この無意味な時間を彼が何らかの創作に当ててくれていたら」と慨嘆の息をもらしている。むべなるかな。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-7318351077899360892?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/7318351077899360892/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=7318351077899360892' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/7318351077899360892'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/7318351077899360892'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/03/blog-post.html' title='レオナルド・ダ・ヴィンチ　ケネス'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-6983176050580649513</id><published>2008-02-17T23:37:00.000-08:00</published><updated>2008-02-17T23:48:55.364-08:00</updated><title type='text'>ライト、ついてますか？</title><content type='html'>会社のイントラで「仕事術」シリーズというのがあって、毎回毎回イロイロなスタッフが、仕事上のコツやネタを披露している。今回、そのシリーズの執筆をしないかという誘いがあって読書術というテーマで書いたところ、会社内の読書好きの同僚の数人から、それぞれで面白かった本を定期的にシェアする会をやろう、という話になった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;で、早速いくつかの本を教えてもらったのがだが、週末にチョコっと読んで面白かったので紹介しておきます。実はまだ全部読んでいないのだが、だんだんつまらなくなってきた気がする。ただ最初の章だけでも結構学びがあるので。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一言で言えば、「問題を解決する」には、どういうものの見方をするといいのか、ということを書いてある本です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;で、一章の例が、こういう例でこれが結構面白い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;：超高層ビルを建てた&lt;br /&gt;：金融業界の人がどんどん入ってきた&lt;br /&gt;：エレベーターの数がゼンゼン足りず不満が噴出&lt;br /&gt;：金融界で「あそこのエレベーターはひどい」といううわさが流れている&lt;br /&gt;：テナントが埋まらない恐れがある&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ということで、どうやって解決するか？？という問題である。ここでちょっと考えてみると、いろいろとアイデアは出てくる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;：エレベーターをビルの外に増設&lt;br /&gt;：エレベーターをビルの中に増設（フロアは縮小）&lt;br /&gt;：エレベーターを高速化&lt;br /&gt;：通勤時間をずらす&lt;br /&gt;等々&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;で、ここで著者は、そもそもこの問題は、誰にとって何の問題があるのか、が定義できていない、と指摘する。上記の回答は「テナントの従業員にとって」「エレベーターが来ないために労働効率が落ちる」ことが問題なのだが、この問題をビルのオーナーにとっての問題に切り替えてみると、究極的にはテナントが入らず、ビルのローンが償却できないことが問題、ということになる。そうするとテナントは埋まらなくてもかまわないので賃料を大幅に上げて、従業員数を減らし、エレベーターの問題とローンの問題を一気に解決する、という手もある、と来る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり第一章は「誰にとっての問題なのか」を決めることの大事さを説いている。ということでとりあえずここまでは結構面白いので、もちっと読んでみます。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-6983176050580649513?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/6983176050580649513/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=6983176050580649513' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6983176050580649513'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6983176050580649513'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/02/blog-post_17.html' title='ライト、ついてますか？'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-8561013684099751837</id><published>2008-02-12T21:43:00.000-08:00</published><updated>2008-02-12T21:50:43.935-08:00</updated><title type='text'>コンテンツ・チューチャー　（３）</title><content type='html'>■日本のテレビ局はビジネスモデルのシフトに乗り遅れている&lt;br /&gt;：ＣＢＳは、ブロードキャストからコンテンツキャストへ、を掛け声に、さまざまなメディアと組んでコンテンツを提供する、という動きをはじめている&lt;br /&gt;：もともとコンテンツの制作力が強かった日本のテレビ局が、それをやらない手はない&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■見開き、は永遠のインターフェース&lt;br /&gt;：羊皮紙以来、蔡倫が紙を発明すぃ手以来、綴じ方こそ少し変わったけどずっと見開きで来ている&lt;br /&gt;：見開きの、一瞥で知覚する情報量がちょうどいいのだろう&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■新しいメディアにおいて「音声」はキー&lt;br /&gt;：もともと15世紀くらいまでは黙読しかなかった&lt;br /&gt;：幼児は未だに黙読できない&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■メディアが変わって制作会社も儲かるようになった&lt;br /&gt;：昔のＬＰレコードは2800円のうち、盤そのもののコストが1000円もした&lt;br /&gt;：ＣＤになってそれが一枚60円まで落ちた&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■情報のスピードを遅くすれば人類が変わる&lt;br /&gt;：例えば一ヶ月前のニュースしか放送できない、記事に出来ないとなると人類が変わる&lt;br /&gt;：今は全てが早く届きすぎる&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-8561013684099751837?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/8561013684099751837/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=8561013684099751837' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/8561013684099751837'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/8561013684099751837'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/02/blog-post_12.html' title='コンテンツ・チューチャー　（３）'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-5403131705602067401</id><published>2008-02-11T19:10:00.001-08:00</published><updated>2008-02-11T19:12:13.800-08:00</updated><title type='text'>コンテンツ・フューチャー　（２）</title><content type='html'>■テレビという枠組みを離れると番組という形態も消えるのかも&lt;br /&gt;：局数が限られていて、広告主に時間を買ってもらう、という形態が必然的に番組という枠を生んだ&lt;br /&gt;：インターネットでは局数も時間も無限にあるわけだから1時間とか30分とかで区切る意味がない&lt;br /&gt;：情報的に意味がある単位でコンテンツをきればいい&lt;br /&gt;：それが30秒のときもあるし3時間のときもあるだろう&lt;br /&gt;：しかし広告は見た人×時間（回数）によって料金が決まるので、こういう仕組みとどうあわせるか？&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-5403131705602067401?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/5403131705602067401/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=5403131705602067401' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/5403131705602067401'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/5403131705602067401'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/02/blog-post_6778.html' title='コンテンツ・フューチャー　（２）'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-7176176222765613569</id><published>2008-02-11T16:53:00.000-08:00</published><updated>2008-02-11T19:09:09.189-08:00</updated><title type='text'>コンテンツ・フューチャー</title><content type='html'>■放送と通信の融合って言葉ではわかるけど、新しい楽しみ方の提案が無い&lt;br /&gt;：堀江さんが放送番組をそのままネットに乗っけられますとか、ドラマの主演女優が持っているかばんが今インターネットで買えます、というのがあったけど、それは違う&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■ネットでしか出来ない表現、というのもある　&lt;br /&gt;：山登りのドキュメンタリーをテレビでやろうとすると、準備して上って、という課程を最後に編集して、音楽つけて、ナレーションつけて、っていう風になる&lt;br /&gt;：そういうことじゃなくて、準備して登って、もしかして途中でスタックしたりとか、そういうのも含めてずーっとリアルタイムに追っかけていく、これはネットでしか出来ないと思っています&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■ＹｏｕＴｕｂｅに入れることで反応がビビッドになる&lt;br /&gt;：ある番組を分割してＹｏｕＴｕｂｅに入れると、コーナーによってヴュー数がすごい変わる&lt;br /&gt;：これは今までの視聴率というフィードバックとは違う&lt;br /&gt;：ものを作る側として、何が受けるか、何がいいのか、悪いのかというのについてダイレクトに、迅速にわかるようになる&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■コンテンツの嗜好はコンテンツの形態よりも情報の質の問題&lt;br /&gt;：テレビゼンゼン見ない学生でもＹｏｕＴｕｂｅは見ていたりする&lt;br /&gt;：動画コンテンツに興味がないわけではなくて「情報処理のスタイル」が違うということ&lt;br /&gt;：必要なものだけ、エッセンスで見る、というのがインターネット的&lt;br /&gt;：番組というパッケージも否定している&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■今問題なのはユーザーとアーティストの間にレコード会社が割って入っていること&lt;br /&gt;：昔はレコード会社は空気みたいなもんだった&lt;br /&gt;：それがコピー問題とかでいきなりしゃしゃり出てきた構図&lt;br /&gt;：アーティストはユーザーとレコード会社の間で板ばさみになっている&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■ＴＳＵＴＡＹＡではレンタルは客寄せの意味しかない&lt;br /&gt;：レンタルの料金はどうでもいい・・・そもそも儲けを出そうと思ってレンタルしていない&lt;br /&gt;：ビジネスの中心はセル&lt;br /&gt;：店舗に来てもらうためのしかけとしてレンタルをやっているに過ぎない&lt;br /&gt;：ビデオを返しにきた客が雑誌を買ったりゲームを買ったりしてくれることで利益を出す&lt;br /&gt;：だからネット配信のレンタルはＴＳＵＴＡＹＡにとって代替ビジネスにならない&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■パッケージの手応えがなくなってきた&lt;br /&gt;：昔はレコードを買うのってミュージシャンの世界に参加する感覚があった&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■ＹｏｕＴｕｂｅが今の精細度とサイズでいる限り、両立できる&lt;br /&gt;：ＹｏｕＴｕｂｅで見て、もっときれいで大きい映像で見たい、と思わせる&lt;br /&gt;：ＹｏｕＴｕｂｅが大画面化、高精細化するとこれはもろに競合になってくる&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-7176176222765613569?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/7176176222765613569/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=7176176222765613569' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/7176176222765613569'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/7176176222765613569'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/02/blog-post_11.html' title='コンテンツ・フューチャー'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-4790030903495105332</id><published>2008-02-10T00:17:00.000-08:00</published><updated>2008-02-10T00:24:58.955-08:00</updated><title type='text'>レビット　マーケティング論文集</title><content type='html'>■イノベーションよりイミテーション&lt;br /&gt;：イノベーションはリスクが大きい&lt;br /&gt;：イノベーションが事業を成長させるケースは稀&lt;br /&gt;：他社のイノベーションに冷やか&lt;br /&gt;：他社のイノベーションへの対応は遅れがち&lt;br /&gt;：他所のイノベーションで重要度の高いものをすぐに模倣することが重要&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■リバースエンジニアリングと資本力でイミテーション戦略は決まる&lt;br /&gt;：リバースエンジニアリングがやりやすければイミテーションはやりやすい&lt;br /&gt;：体力があれば後発の不利を一気に覆せる&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■上記の成功パタンを実行しているのは松下とコカコーラ&lt;br /&gt;：家電はそれほどリバースエンジニアリングがやりやすいわけではない&lt;br /&gt;：資本力と販売力で、ソニーのイノベーションを模倣して後追いしている&lt;br /&gt;：飲料はリバースエンジニアリングが簡単&lt;br /&gt;：自販機のネットワークがあるから、他社が開発した市場を後取り出来る&lt;br /&gt;：両者ともにリスクのある研究開発・市場開発は他社にやらせて、ある一定レベルまで成功が見えてきたところで一気に参入、という戦略&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■他社の成功度合いを時間軸に応じて対応していくことが必要&lt;br /&gt;：出てきたばかりの他者のへんな商品をまるごと模倣は出来ない&lt;br /&gt;：時間軸に応じてかけられる予算を決めていく&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-4790030903495105332?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/4790030903495105332/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=4790030903495105332' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/4790030903495105332'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/4790030903495105332'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/02/blog-post_2330.html' title='レビット　マーケティング論文集'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-955182592490931432</id><published>2008-02-10T00:11:00.000-08:00</published><updated>2008-02-10T00:17:04.887-08:00</updated><title type='text'>西堀流新製品開発</title><content type='html'>■イノベーションにはバカと大物が必要&lt;br /&gt;：とてつもないアイデアを思いつくのがバカ&lt;br /&gt;：バカの出したアイデアを擁護し、スポンサードしてやるのが大物&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■イノベーションにはアイデアのその後の方が大事&lt;br /&gt;：日本人にはクリエイティビティはある&lt;br /&gt;：日本で発明がおきにくいのは個人的な資質よりもと組織の問題が大きい&lt;br /&gt;：アイデアを出すより育てる方が難しい&lt;br /&gt;：育てるには大物がいる&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■大物はバカでもいい&lt;br /&gt;：白瀬中尉の南極探検のアイデアに乗ったのは大隈重信&lt;br /&gt;：大熊は白瀬に「南極は南洋より南にあるからもっと暑いはず、気をつけろ」と忠告するほどのバカ&lt;br /&gt;：でもゼンゼンＯＫ&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■育てた人に賞を出すほうがいい&lt;br /&gt;：よくアイデア賞をやったりするけど、それで出たアイデアが商品に結びつかない&lt;br /&gt;：アイデアを出した後で重要なのは育て親の責任者を決めること&lt;br /&gt;：育ったら賞を出す、というふうにすればいい&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-955182592490931432?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/955182592490931432/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' 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src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-3871391412717012206</id><published>2008-02-06T23:17:00.001-08:00</published><updated>2008-02-06T23:23:35.497-08:00</updated><title type='text'>古巣</title><content type='html'>ブーズ・アレン時代の同僚のＦさんと六本木のイタリア料理屋オステリア・ナカムラで飯を食った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;オフィスにイロイロな意味での改善の兆しが見られず、フラストレーションがたまっている模様。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;途中から僕と同じタイミングでマッキンゼーに移ったＫさんが合流。なんでＢＣＧにしたんだと&lt;br /&gt;責められる。うーん、どう考えてもこっちのほうがいい選択だと思うのだが。英語できないし。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;やはり新しい職場で信頼を新たに勝ち取っていくというのはしんどいなあ、と思う今日この頃なのだが、某経営者の言葉を思い出して、自分を奮い立たせている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それは&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;安定は不安定、不安定は安定&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;という言葉である。これは多分ＮＥＣの数代前の社長さんが言った言葉だと思うけど、要するに長い間ラクしている会社ほど、いざというときにメタメタになる。しょっちゅう大変だとかもうだめだとかいっている会社ほど、長い目で見るとちゃんと成長している、というそういうことを言ったものだが、人間にも同じことが言えるのではないか、と。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまりずーっと負荷のかかっていない状況ってラクで心地いいのだけど、ずっとそれが続くと、大きな変化とかに対して対応できない、というかそもそも成長しないから、本当に大変な事態になったときに切り抜けられない、ということでもある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と言い聞かせて、今週もがんばってます。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-3871391412717012206?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/3871391412717012206/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=3871391412717012206' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/3871391412717012206'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/3871391412717012206'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/02/blog-post_06.html' title='古巣'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-6893989957908689144</id><published>2008-02-06T23:13:00.001-08:00</published><updated>2008-02-06T23:15:38.141-08:00</updated><title type='text'>メタファーとメトニミー</title><content type='html'>大学院の授業で久しぶりに面白い話を聴きました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ミュージアムの一形態でアーカイヴというのがあるけれども、このアーカイヴにはメタファーとメトニミーがある、という話です&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;メタファーはよく聴くけど、メトニミーって何？と思うでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;メタファーは日本語では暗喩となりますが、メトニミーは喚喩と訳されます。たとえばヴェニスという都は「ゴンドラの都」と喩えられたり「アドリア海の宝石」と喩えられたりしますが、前者がメタファーで後者はメトニミーになります。乱暴な言い方をすると、喩えられる対象＝Ａと喩え＝Ｂの関係において、ＢがＡの性質に基づいて垂直的・連続的なケースがメタファーで、ＡとＢの関係が水平的・跳躍的な場合はメトニミーとなります&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なんでこんな話をしたかというと、実は読書にもメタファー的なものとメトニミー的なものがあって、メトニミー的な読書はコンテンツの定着率が高いし学びも大きいのではないか、ということを最近考えているからです。&lt;br /&gt;         &lt;br /&gt;例えば南極に関する本を読んでいて、そこから南極の生物や南極の気候、南極大陸の形成といった様に興味領域が深く、細分化していくのはメタファー的読書です。一方で南極からアムンセンとスコットの探検の話につながり、それがリーダーシップ論につながって、織田信長につながって、それが茶の湯に結びつく、といった形で興味のフォーカスが横方向に非連続的に展開していくのがメトニミー的読書といえます。&lt;br /&gt;         &lt;br /&gt;アカデミーにおいての研究は、ある固定された対象を深く連続的に掘っていくわけですからもちろんメタファー的になるのですが、それは知識の体系としてはどんどん狭く閉じていく方向になります。一方でメトニミーはアート的であり、まったく違う時代や場所や分野の知識が、背後のメカニズムの類似性によってつながってくるので本質を深く洞察したいときにはこちらの方が学びが大きいんじゃないかと最近は考えています。&lt;br /&gt;         &lt;br /&gt;何といっても、興味の赴くままに自由に「知識の食欲」に敏感に読書していくことで「なんか歯を食いしばって読んだけど、結局残らなかった」ということが避けられるので、結果的に高効率だったりする気がします。&lt;br /&gt;         &lt;br /&gt;余談ですが、もっともメトニミー的に知識欲の赴くままに人生を歩んだ代表的な人はレオナルド・ダ・ヴィンチでしょう。絵を描いていて背後にある河の流れがうまく描けなくて絵を中断して五年間流体力学の研究にいそしむ、というのは非常にメトニミー的だなあと思ったりします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-6893989957908689144?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/6893989957908689144/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=6893989957908689144' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6893989957908689144'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6893989957908689144'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/02/blog-post.html' title='メタファーとメトニミー'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-4973084652187941879</id><published>2008-01-27T21:40:00.000-08:00</published><updated>2008-01-27T22:10:54.401-08:00</updated><title type='text'>アムンセントスコット　本多勝一</title><content type='html'>西堀榮三郎の本を読んで触発され、アムンセンとスコットの極点到達レースに興味を持って読んでみた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なんというか、レースというと好敵手の二人が切磋琢磨、というイメージをもたれるかも知れないが、まったくそうではなくて、なんと言うか、そもそも勝負になっていないと感じた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アムンセンは子供のころから極点到達を夢見て、人生の全てをその夢の実現のためにプログラムした、という人物である。それは下記のようなエピソードからも伺える。自分の周りに居たらほとんど狂人である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;：子供の自分、将来の極点での寒さに耐えられる体に鍛えようと、寒い冬に部屋の窓を全開にして薄着で寝ていた。&lt;br /&gt;：探検家になる前に船乗りになった。なぜならそれまでの探検の失敗行の多くが船長と探検隊長の不和に起因しており、船長と隊長が一緒であればその問題は避けられると考えたから。&lt;br /&gt;：犬ぞり、スキー、キャンプなどの、付帯的に必要になる技術や知識についても、子供のときから積極的に「実地」での経験をつみ、学習していった&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一方のスコットは、出世を夢見る英国軍人であり、極点に対する憧れはまったくない。彼はいわば、帝国主義にとって最後に残された大陸である南極への尖兵として、軍から命令を受けて南極へ赴いたに過ぎない。従って、極地での過去の探検隊の経験や、求められる訓練、知識についてもまったくの素人であった&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この冒険は、結局アムンセンが犬ぞりを使って、一日に50キロを進むようなスピードでスムースに極点に到達して帰ってきたのに対して、スコットが主力移動手段として用意した動力そり、馬がまったく約に立たず、最終的に人が重さ140キロのそりを引いて歩いていくという信じ難い悲惨な状況になって、ついに食料も尽きて全滅してしまう、という結末になるのだが、いくつかの学びを抽出してみるとこういうことになるかと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;：戦略面での軸足を決める&lt;br /&gt;アムンセンが犬ぞり一本に移動手段をフォーカスしたのに対して、スコットは動力そり、馬、犬ぞりの3種類の混成部隊を考えていた。これらのうち、どれかに決定しがたかったので、3つ持っていってうまくいく手段にフォーカスする、という考え方ならまだいい。しかしこの点でもスコットは中途半端で、動力そりについては修理する人間を連れて行っていない、犬ぞりについては犬用の食料が旅程分用意されていない、といった有様であった。結局は主力を馬にする予定だったのに寒さでまったく約に立たず、その上、馬を維持するための馬草が膨大な荷物になっていて、これを運ぶだけで隊のエネルギーが消耗される、という状態だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;：調べられることは事前に調べる&lt;br /&gt;で、これが次につながる話なのだが、そもそも極点のような零下30度というような状況で馬が機能するかどうかについて、ほとんど試験らしい試験をやっていないのもいかにも手落ちだと思う。他にも、デポに保管していた帰還部隊用の燃料タンクが、寒さで変形して燃料が漏れてしまって帰還部隊が帰りは紅茶二杯分の燃料しかなかった、というような話も、燃料タンクみたいな重大な物品が、寒さに耐えられるかどうかの試験をやっていないというのも、ちょっと驚きというか、すごい楽天的な人なんだろうな、という気がする。当たり前の話だが、調べられるものについては調べるくらいのことはしてもいいのでは。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;：あきらめる勇気&lt;br /&gt;スコット隊の最初のつまづきは、帰還してくる部隊の食料・燃料を置いておくデポを当初の予定より30キロ手前に作らざるを得なかった、ということだった。ここから小さなほころびが、雪だるま式に大きくなっていって、結局最後の帰還部隊はデポ手前20キロのところで息絶えてしまった。結局は、最初のデポを当初予定のところに作れていれば、帰還部隊は大量の食料と燃料にありつけたわけで、レースに負けこそすれ全滅という事態は避けられたはずなのに、結局は最初のボタンのずれを修正できずに終わってしまった。いろいろと考え方はあるが、運搬手段が全部役に立たず、人間が徒歩でそりを引いて数百キロの酷寒の地を歩いていかなくてはならないという状態になった時点で、この冒険はそもそも終わりにすべきだったと思う。スコットは精神論の好きな軍人らしく、人間がそりを引いていく事態になって、いよいよ興奮してきたらしいが、そんなのいい迷惑である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;：徹底した読み&lt;br /&gt;一方でアムンセンの動きを見ると、徹底して「こうなるやもしれない」という事態に対して事前に手を打つことをやっている。往路と復路で、往路の道を復路で迷わないように10キロごとに塚を築いていくのだが、その塚から向かって左右に100メートルごと、左右15キロに渡って旗を立てているのである。しかも、東側は黒、西側は白としていた。これによって、帰ってくるときに、もし往路の道からずれてしまっても、よほどのことがない限り旗に出会って、しかもそれが白であれば自分が塚より西側に、黒であれば東側に居ることがわかるようにしていた。こういった手間のかかることをスコット隊はまったくやっておらず、そのために復路で迷走して貴重な燃料と食料、何より体力を犠牲にしてしまった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%81%A8%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%83%E3%83%88-%E6%9C%AC%E5%A4%9A%E5%8B%9D%E4%B8%80%E9%9B%86-%E6%9C%AC%E5%A4%9A-%E5%8B%9D%E4%B8%80/dp/4022567783/ref=sr_1_3?ie=UTF8&amp;amp;s=books&amp;amp;qid=1201498879&amp;amp;sr=1-3"&gt;http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%81%A8%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%83%E3%83%88-%E6%9C%AC%E5%A4%9A%E5%8B%9D%E4%B8%80%E9%9B%86-%E6%9C%AC%E5%A4%9A-%E5%8B%9D%E4%B8%80/dp/4022567783/ref=sr_1_3?ie=UTF8&amp;amp;s=books&amp;amp;qid=1201498879&amp;amp;sr=1-3&lt;/a&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-4973084652187941879?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/4973084652187941879/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=4973084652187941879' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/4973084652187941879'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/4973084652187941879'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/01/blog-post_27.html' title='アムンセントスコット　本多勝一'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-6464327445679306067</id><published>2008-01-23T21:42:00.000-08:00</published><updated>2008-01-23T21:43:23.338-08:00</updated><title type='text'>石橋を叩けば渡れない　</title><content type='html'>石橋を叩けば渡れない　西堀榮三郎　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■統率は教育であり、教育は暗示である・・・暗示とはノセることである&lt;br /&gt;-          暗示学の基本は否定語を使わないこと&lt;br /&gt;-          ダメは、否定語だからダメ&lt;br /&gt;-          ダメでしょう、もっと勉強しないと偉い人になれないわよ、というと、否定語が三つ続くことになる&lt;br /&gt;-          勉強しなさい、そうすると偉い人になれるよ、はそうすると、という仮定が入っているのでこれも否定の一種&lt;br /&gt;-          そうではなくて、暗示は成功を断定するところが大事である&lt;br /&gt;-          お前は偉い人になれる、と言い切る&lt;br /&gt;-          そのために勉強しろ、とこう来る&lt;br /&gt;-          これを言うのはタイミングが大事である・・・のべつに言っては効果も半減&lt;br /&gt;-          本人がちょっとがんばっていい結果が出せたときに、ズバっと出すと効く&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;     &lt;br /&gt;■日本人には創造性はあるが、日本の組織に創造性がない・・・&lt;br /&gt;-          個人ではすばらしい創造性を発揮した人がたくさん居る・・・湯川秀樹、川端康成、といった人たち&lt;br /&gt;-          しかし組織になるとさっぱり&lt;br /&gt;-          周囲の人が創造の種を育てるより小姑みたいになって、混ぜ返したりけなしたりしてつぶしてしまう&lt;br /&gt;-          日本人の創造性を発揮させるには個人よりも組織のあり様に目を向けないとダメ&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-6464327445679306067?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/6464327445679306067/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=6464327445679306067' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6464327445679306067'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6464327445679306067'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/01/blog-post_23.html' title='石橋を叩けば渡れない　'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-274923318028995236</id><published>2008-01-21T02:06:00.001-08:00</published><updated>2008-01-21T02:07:16.873-08:00</updated><title type='text'>プレミアム戦略　遠藤功</title><content type='html'>プレミアム戦略　遠藤功&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;·&lt;br /&gt;■格差が改題して二極化しているのではなく、一人の消費者の中で、こだわるものとどうでもいいもの、の二極化が進んでいる&lt;br /&gt;·&lt;br /&gt;■安さを売り物にしている企業が成長している&lt;br /&gt;- ダイソーの売上は1997年の485億円から2005年の3200億円へ&lt;br /&gt;·&lt;br /&gt;■中価格帯の元気がない&lt;br /&gt;- 自動車販売では高級車と軽自動車が伸びる中、中級車が落ち込んでいる&lt;br /&gt;- 例えばファミリー向け中流者の代表であるカローラの2005年の販売実績は前年比で13％も減少&lt;br /&gt;- 日産は2009年に80～90万円程度の低価格車を開発し、マーチの下のラインを作る&lt;br /&gt;·&lt;br /&gt;■商品の選択肢を横に広げるのではなく、縦に広げることが求められている&lt;br /&gt;- 横の広がりでは競合状態がすごく厳しい&lt;br /&gt;- 例えばビールはたくさんの選択肢が同じ価格帯にある&lt;br /&gt;- そうしたなかでサントリーはプレミアムモルツを打ち出した&lt;br /&gt;- レギュラービールの20％高価、第三のビールの2.5倍の価格でも対前年比200％を超えるヒットになっている&lt;br /&gt;·&lt;br /&gt;■江戸時代の特徴は政府に金がなくて市民に金がうなっていたこと・・・&lt;br /&gt;·&lt;br /&gt;■エモーションとクオリティの両面がプレミアム&lt;br /&gt;- エモーションだけだと愛されるブランド&lt;br /&gt;- クオリティだけだと尊敬されるブランド&lt;br /&gt;·&lt;br /&gt;■プレミアムには象徴が必要&lt;br /&gt;- 象徴がつくれずに失敗したのがレクサス&lt;br /&gt;- 最初にフラッグシップを出せなかった&lt;br /&gt;- どのブランドにも飛びぬけたフラッグシップがある&lt;br /&gt;- それはエルメスではケリーであり、ポルシェではカレラGT&lt;br /&gt;- 作り手側の欲求の質が低いことが、日本にプレミアムブランドが生まれない理由&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-274923318028995236?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/274923318028995236/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=274923318028995236' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/274923318028995236'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/274923318028995236'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/01/199748520053200-200513-20098090-202.html' title='プレミアム戦略　遠藤功'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-8340679678082806374</id><published>2008-01-21T01:59:00.000-08:00</published><updated>2008-01-21T02:03:56.499-08:00</updated><title type='text'>創造力　西堀榮三郎</title><content type='html'>創造力　西堀榮三郎　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;西堀さんは京都大学の工学助教授から東芝に転じたエンジニアだが、最終的には南極越冬隊の体調をやったり70歳過ぎてチョモランマの登頂隊の隊長になったりと、なんともダイナミックな人生を送った人だ。前回読んだアメリカズ・カップの本が面白くて、その中で何度も紹介されていたので読んでみたら実に物事の本質をうまく捉えているなと感じた。こういう形で興味のある人や事象が連鎖していくと、面白くてためになる読書が続く。この本を読んで、アムンゼンとスコットの北極探検の成功失敗を分けたポイントはなんだったのか、すごく興味が出てきたのでアマゾンでまた一発クリックしてしまった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■何事も本質を理解しようと思ったらファミリアにならなくては&lt;br /&gt;-          エンジンだったら図面で学ぶよりも、手を汚して分解してみたり、組み立ててみたりして、いろいろやって初めて「うーん、なるほど」と思うまでファミリアにならなくては本質はわからないもの&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■標準化＝水平部分は現場、改善・開発＝垂直部分は研究部とか技術部、というのは考え方の基本としてはわかるが、組織の中には両方をダブって持っている部門が必要&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■情報の本質は「並び方」にある&lt;br /&gt;-          アルファベットは27文字だが、そのいくつかを取り出して並び方を変えると意味が生まれる&lt;br /&gt;-          物質は原子が、人間は遺伝子が、それぞれ並び方を変えることでユニークな個性を生じせしめている&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■シューハートの管理技法のポイントは「ばらつき」にある&lt;br /&gt;-          3シグマ法で管理限界線を計算し、平均値を中心に二本の線を引いて、不良率の打点がそれを超えているケースを問題とする&lt;br /&gt;-          コントロールはあくまで管理限界線の外側の打点に対してであり、必要としない恒常的なバラツキに対してまでコントロールすることはない&lt;br /&gt;-          しなくてもいいコントロールをシューハートは「オーバーコントロール」といって厳しく戒めていた&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■作った人に検査させることによって、責任感が生まれ、自発的な改善がなされることがよくある&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■上役より幅役&lt;br /&gt;-          偉いわけではないから上役ではない&lt;br /&gt;-          むしろ考えている広さが広い、時間軸が長い、ということだから幅役と言うべき&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■スコット隊は「あわて者の誤謬」の典型例である&lt;br /&gt;-          計画段階でのスコット隊の致命的な過誤のひとつとして荷物運搬の主力を馬においた点にある&lt;br /&gt;-          これは依然に犬を使ったときに何らかの理由で犬が死んでしまって役に立たなかったという未熟さゆえの経験から来ている&lt;br /&gt;-          「たまたま」犬が役に立たなかった、という学びが「そもそも」犬は役に立たない、と理解した点にスコットの誤りがあった&lt;br /&gt;-          統計的品質管理ではこのような誤りを「第一種の誤り」として強く戒めている&lt;br /&gt;-          付け加えれば、スコットは迷いもあった・・・犬をまったくあきらめたわけではなく、馬を主力にして雪上車と犬ゾリを併用した運搬を考えていたのである&lt;br /&gt;-          これは事前の調査が十分にできず、どれがよいかという点について確信が持てなかったことが伺えるのだが、結果的には馬も犬も雪上車もすべて役に立たず、犬を乗せたそりを人間が引いていくという信じがたい状況に陥ってしまった&lt;br /&gt;-          これがダメならアレ、という手段は非難されるべきではないが、それをするためには全ての手段が十分に使えるという確信のもとにとられなければならない&lt;br /&gt;-          スコットの場合、万事が中途半端であった&lt;br /&gt;-          例えば雪上車を持っていったのに、修理できる人間は連れて行かなかったり、馬に食べさせるためのペミカン式の食料を研究しておくような思慮にも欠けていた&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-8340679678082806374?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/8340679678082806374/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=8340679678082806374' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/8340679678082806374'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/8340679678082806374'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2008/01/blog-post.html' title='創造力　西堀榮三郎'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-5384158739257218991</id><published>2007-11-29T18:39:00.000-08:00</published><updated>2007-11-29T18:44:40.105-08:00</updated><title type='text'>プロジェクトマネジメントで克つ！</title><content type='html'>11/29    プロジェクトマネジメントで克つ！　宮田秀明&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■一位を狙うならハイリスク・ハイリターン&lt;br /&gt;-          あらゆる気象条件に対応できる設計は安全だが、気象予測が当たっても勝ちを狙いにいけない無難な艇になってしまう&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■中間目標を意識するとだめ・・最終目的に常にアドレスする&lt;br /&gt;-          ヨットは船体、セール、舵といろいろな部品があり、それぞればらばらに設計される&lt;br /&gt;-          従って艇全体のコンセプトを明確化しないとブレが出る・・・アメリカズカップ挑戦艇の場合、すべてを「世界一の速さを実現する」というコンセプトで練った&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-5384158739257218991?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/5384158739257218991/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=5384158739257218991' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/5384158739257218991'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/5384158739257218991'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/11/blog-post_29.html' title='プロジェクトマネジメントで克つ！'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-8879933542782793134</id><published>2007-11-29T18:36:00.002-08:00</published><updated>2007-11-29T18:37:27.896-08:00</updated><title type='text'>トヨタ　愚直なる人づくり</title><content type='html'>11/29 トヨタ　愚直なる人づくり　井上久男　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;·&lt;br /&gt;■トヨタはなかなか決めない&lt;br /&gt;- 上位下達でやらせることはしない&lt;br /&gt;- 皆が心底納得できるまで議論する&lt;br /&gt;- だから決断は遅いが、実行は早い&lt;br /&gt;·&lt;br /&gt;■社内の様々なネットワークをサポートする仕組みがある&lt;br /&gt;- 入社年次やキャリアや沢山のコミュニティがあって活発に動いている&lt;br /&gt;- その活動が部署を超えたネットワーク作りに貢献している&lt;br /&gt;·&lt;br /&gt;■トヨタの下請けはトヨタ以外にもおろしている&lt;br /&gt;- 例えばアイシン精機やデンソーのトヨタの効験売上げ比率は50％程度であり、海外の企業や国内の競争相手との取引を強化している&lt;br /&gt;- 外販をしっかりやってもらうことでコスト競争力等、甘えを排している&lt;br /&gt;·&lt;br /&gt;■下請けとのライバル関係というところもある&lt;br /&gt;- 例えばプリウスの開発で心臓部となる特殊デバイスについては、自前で開発した&lt;br /&gt;- 愛知県豊田市の広瀬工場ではプリウス関連の電子部品を生産しており、1989年には380人だった従業員は1300人に増えている&lt;br /&gt;- いずれ自動車がハイブリッドが主流になったときに、パソコンメーカーがその付加価値の多くをメモリーとＯＳの製造業者に取られるようになった事態を、自動車でも起こるのではないか、と心配している&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-8879933542782793134?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/8879933542782793134/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=8879933542782793134' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/8879933542782793134'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/8879933542782793134'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/11/blog-post.html' title='トヨタ　愚直なる人づくり'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-8679659152654435966</id><published>2007-11-06T19:55:00.001-08:00</published><updated>2007-11-06T19:56:55.341-08:00</updated><title type='text'></title><content type='html'>11/7      デザイン思考の道具箱　奥出直人　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■企業の競争の要諦は効率から創造性に移っている&lt;br /&gt;-          効率を向上させてもiPodのような商品は生まれない&lt;br /&gt;-          これまでのMBAで教えている方法論では競争に勝てない&lt;br /&gt;-          創造性を発揮できる企業が勝者になる&lt;br /&gt;-          2006年1月のダボス会議でも創造性がトピックとして扱われ、IDEOの方法論が紹介されたりした&lt;br /&gt;-          ビジネスウィークは2005年8月号で、これまで経営戦略では企業は勝者になれなくなったとして、創造性の特集を行っている&lt;br /&gt;-          GEのジェフ・イメルトはデザイン思考を企業戦略に取り入れてGEの更なる成長を可能にした&lt;br /&gt;-          P&amp;amp;Gはデザインとイノベーションと企業戦略を統括する副社長としてクロウディア・コチャカを抜擢した・・・彼は多くの役員や部長、さらには研究所の科学者たちを解雇し、その一方で商品デザインを行う人を数多く雇い入れ、研究所のスタッフがデザイナーと一緒に仕事をするプロセスに切り替えた&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■創造性は才能ではなく方法である&lt;br /&gt;-          創造をするプロセスにのっとれば創造性を発揮できる&lt;br /&gt;-          俗人的な才能の問題ではない&lt;br /&gt;-          これをいかにマネジメントするかが経営の大きなポイントになる&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■アメリカズカップの日本チームでテクニカル・ディレクターを務める宮田英明は従来のR&amp;amp;Dに変わる方法論としてR&amp;amp;D&amp;amp;D&amp;amp;Dが必要と述べている&lt;br /&gt;-          宮田氏は東大MOTの教育に関わった&lt;br /&gt;-          著書「プロジェクトマネジメントで克つ！」で創造のプロセスを開陳した&lt;br /&gt;-          いわく従来のR&amp;amp;Dではない、Research &amp;amp; Development &amp;amp; Demonstration &amp;amp; Dissemination・・・つまり研究して開発して実証して普及させる、という流れ全体を創造のプロセスとした&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■例えばポストイットを商品化した３Mの行動原則の中には「試してみよう、なるべく早く」というのがある&lt;br /&gt;-          とにかくどんどん作ってみて、どんな使い方が出来るかを試してみる、というのが会社の方針になっている&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■西堀栄三郎は、発明にはエジソン式発明とラングミア式発明の二つがある、とする&lt;br /&gt;-          西堀は南極越冬隊で有名だが真空管の研究や原子力の研究・開発でも功績を残した人物で、日本の「もの造り」に大きな貢献をした&lt;br /&gt;-          著書「西堀流新製品開発―忍術でもええで」の中で、エジソン式発明＝要求が先にあって知識がそれに追従していくというスタイル、ラングミア式発明＝知識が先にあってその知識を応用して要求を満たすというスタイル、の二つのアプローチを紹介している&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■創造のプロセスの中で非常に有効性があるのに抵抗が一方で強いのは「プロトタイピング」である&lt;br /&gt;-          スペックが決まってからプロトタイプで検証する、というスタイルをとりたがる企業が多いが、プロトタイプを作って、試行錯誤しながらスペックを決めるほうがはるかに創造性を発揮しやすい&lt;br /&gt;-          空間内部でのシステムを作るプロジェクトで、普段は十分の一の模型からスタートしている企業に、実物大のプロタイプをいきなり作れ、とアドバイスしたところ、非常に大きな抵抗があった&lt;br /&gt;-          本当に簡単なものでかまわない、と説得してホームセンターで買ってきたパイプで枠を組んで実物大の空間を作って見たところ、今までどんな模型でも得られなかった身体感覚が生まれ、作るものも使い方もコンセプトもシャープにイメージできるようになった&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■デザインの礎には「顧客と同じ目線での実体験」が必要・・・フィールドワークが必須&lt;br /&gt;-          フィールドワークはもともと民俗誌＝エスノグラフィーの学者が行ってきた方法論&lt;br /&gt;-          民俗誌の中に、特に現象学的社会学＝エスノメソドロジーという学問があって、著者はその方法論を用いている&lt;br /&gt;-          エスノメソドロジーは特に、人と人のインタラクションを重要視する&lt;br /&gt;-          ここでのポイントは参与観察で、つまり対象と距離をおいてただ観察するのではなく、観察する相手の活動にみずから参加することである&lt;br /&gt;-          それによって日常のコンテキストを共有しない他者が感じる違和感を切り口に、世界を見ていく&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■ポイントは、デザイナーやエンジニアが自分で参与すること&lt;br /&gt;-          大変な作業なので専門家に任せたいと思うかも知れないが、違和感を感じるのがデザイナーやエンジニア本人であることに意味がある&lt;br /&gt;-          アンケートやインタビューをいくらやっても革新的な商品は生まれない&lt;br /&gt;-          ビジネスウィークは前掲の特集で「エスノグラフィーこそこれからの企業に求められている能力である」としている&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■行動を観察する、というのは実は結構難しい・・・ポイントはドップリ入りこむこと&lt;br /&gt;-          初めてやるといきなりインタビューしたり、ただ漫然と眺めているだけ、になりがち&lt;br /&gt;-          観察する対象を理解するには「自分が変わる」ことが大事・・・自分の経験領域を拡大して観察対象の経験を包含するまで変化していかなくてはいけない&lt;br /&gt;-          第一のポイントは、一回目の観察を大事にすること・・・これをエスノグラフィーでは「First Encounter」と言い、もっとも新鮮な違和感を得られる大事な機会として考えている&lt;br /&gt;-          第二のポイントは、いい師匠を見つけて、師匠に弟子入りする感じになること・・・一挙手一投足を見て「師匠、ここはなぜこうするのですか？」といちいち確認するのが大事&lt;br /&gt;-          イチイチ確認するのが非常に大事で、その場で聞かないと違和感も消えてしまうし、なぜ今そうしたのか、という理由付けも師匠の側で思い出せなくなってしまう・・・師匠は結構無意識にいろいろやるものなのだ&lt;br /&gt;-          第三のポイントは、終了後、感覚や記憶が生々しい間に、一気にレポートを書き上げること・・・その際に、出来るだけ生々しい、民俗誌で言う「濃い記述」をこころがける&lt;br /&gt;-          この記述により、体験が反省化され、経験が拡大される効果が出る&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■これからの競争のポイントはマイクロイノベーションの積み重ね&lt;br /&gt;-          エジソン式発明とラングミア式発明で言えばエジソン式&lt;br /&gt;-          19世紀後半から20世紀にかけては中央研究所主導で大型のイノベーションを開発し、一発屋的に設けることが主流だった&lt;br /&gt;-          しかし、iPodのように4つも5つもの小さなイノベーションをうまく組み合わせることで大きな市場価値をもつ商品を作り出すのが、今後の主流になるだろう&lt;br /&gt;-          ３Mは小さなイノベーションをたくさん生み出すことを組織的な仕組みとして内包している&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■コラボレーションでは「共通の言語」が重要になる&lt;br /&gt;-          アメリカ海兵隊の一番のミッションは敵地に上陸して拠点を築くことにある&lt;br /&gt;-          このミッションそのものは海軍の仕事と空軍の仕事と陸軍の仕事のすべてに関連するが、陸海空軍が集まっても同じことは出来ない・・・なぜなら彼らには共通の言語がないため、チームワークが取れないからである&lt;br /&gt;-          西堀栄三郎の南極越冬隊では、学者たちを連れて行く前に学者たちをまず雪山でテントを晴らせる訓練をして身体的な場・言語を共有させた&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-8679659152654435966?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/8679659152654435966/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=8679659152654435966' title='1 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/8679659152654435966'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/8679659152654435966'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/11/117-ipod-mba-20061ideo-20058-gege-p-r.html' title=''/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>1</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-2647086781981366027</id><published>2007-10-31T00:07:00.000-07:00</published><updated>2007-10-31T00:09:06.603-07:00</updated><title type='text'>読書日記：トヨタはどうやってレクサスを創ったのか</title><content type='html'>10/31    トヨタはどうやってレクサスを創ったのか　髙木晴夫　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■ヨーロッパという市場の切り方は日本独自・・・ヨーロッパという国はない&lt;br /&gt;-          レクサスはイギリスでは成功しているがドイツではさっぱり&lt;br /&gt;-          ヨーロッパという切り口では活路は見えない&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■過去の数値分析から未来は見えない・・・受動的に動くより未来をつくるべき&lt;br /&gt;-          92～93年当時の各種のデータを使って、既に答えを知っている95年時点の変化を予測できたか、ということを分析して見たが答えは不可能だった・・・未来に起こる市場の変化を先取りは出来ない&lt;br /&gt;-          予兆を捉え、それをもとにして顧客の期待を超えるものを出していく、しかない&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■トヨタの高級車はシニア層とともに加齢化しつつある&lt;br /&gt;-          高級車市場を輪切りにするとクラウンはそれなりのシェアがあるが、顧客が50代・60代ばかり&lt;br /&gt;-          一方でBMWやベンツは30～40代の若い成功者に支持されている&lt;br /&gt;-          このまま行けば高級車市場での顧客はどんどん目減りする&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■トヨタは販売戦略に関して全体最適を意識しない&lt;br /&gt;-          隙間のあるエリアがあれば小規模のディーラーを出して、エリアを埋める&lt;br /&gt;-          トヨタのディーラー間で競合することもよしとする&lt;br /&gt;-          各ディーラーが自己本位に動いて、部分最適化していくことによって結局は売り上げが最大化される（はず）という考え方をとる&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■顧客満足度に関しては、満点の5点の比率を重視する&lt;br /&gt;-          平均点とかは見ない&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-2647086781981366027?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/2647086781981366027/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=2647086781981366027' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/2647086781981366027'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/2647086781981366027'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/10/blog-post_31.html' title='読書日記：トヨタはどうやってレクサスを創ったのか'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-9019595930812259315</id><published>2007-10-30T23:00:00.001-07:00</published><updated>2007-10-30T23:00:47.168-07:00</updated><title type='text'>読書日記：オルフェウス・プロセス</title><content type='html'>10/31    オルフェウス・プロセス　ハーヴェイ・セイフター　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;端的に言って検証が乱暴。指揮者不在という仕組みがいいのだ、という結論があって、その結論を補強するためにいろいろと材料を集めたという感が強いが、切れ味が悪い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えば、指揮者がいるオーケストラに居た奏者を取り上げて「つらい体験だった、二度と味わいたくない」といったコメントを紹介しているが、一般化するにはサンプル数が少なすぎるし、そもそもウィーンフィルやベルリンフィルといった世界の名だたるオーケストラの団員は皆不満なのだと考えるのは無理がある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このオーケストラで原始共産主義的な意思決定が機能しているのは実に単純で人数が少ないからである。総勢で27名のオーケストラに指揮者がいなくて機能している、スゴイ！と驚いているが27名であればトップはいなくても機能するだろう。大きな会社になれば取締役会は30名くらいにはなる。この30名が合議的に意思決定をしているとしたらその会社にはヒエラルキーが無いことになるのかといったらそうはなるまい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ヒエラルキーを設定するのはコストの重複を避けるためである。１万人の会社で経営方針を決定するのに１万人が議論に参加したらその会社は成り立つまい。決める人と執行する人を分けるのは作業の重複を避けるためであって、27人のオーケストラであればなんとかなることを1万人の会社に適用できるとは思えない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;加えれば、オーケストラというのはミッションが非常に単純で、要はいい演奏をしてお金をもうけることがその目的だが、企業というのは往々にして目的やミッションが股裂きになるケースがあって、そういう場合にもおそらく機能しないだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最近「ヒトデはクモよりなぜ強い」とか、ヒエラルキー不在の組織に関する論考が多く出されているが、そのどれもがまともな経営論として扱うレベルに達していない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この本も、組織論を専門に勉強している学生とかならまだしも、プロのコンサルタントが読んで学びがあるレベルにまだ達していないと思う。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-9019595930812259315?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/9019595930812259315/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=9019595930812259315' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/9019595930812259315'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/9019595930812259315'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/10/blog-post_30.html' title='読書日記：オルフェウス・プロセス'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-6838371036600664623</id><published>2007-10-29T21:59:00.000-07:00</published><updated>2007-10-29T22:00:54.724-07:00</updated><title type='text'>読書日記：人が育つ会社をつくる</title><content type='html'>10/30    人が育つ会社をつくる　高橋俊介　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■調査によれば、同年代の社員が多いほど、成長実感も大きいという明確な結果が出ている&lt;br /&gt;-          キャリアラボの調査&lt;br /&gt;-          直属上司に育成責任を負わせるのは無理がある&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■中国での日本企業の不人気は「人材育成に不熱心」というのが理由&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■20代の社員が、いまの会社に居続けようと思うのは下記の3つの理由が大きい&lt;br /&gt;-          いまの仕事の充実感&lt;br /&gt;-          いまの仕事を続けることによる、今後の成長の可能性&lt;br /&gt;-          いまの会社で将来のキャリアがイメージできるか&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■新人よりも2～3年目の社員の方が成長実感を持たせるのが難しい&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■ＩＴ化によって仕事がブラックボックス化したことで、上司の仕事を見て盗む、という成長機会が少なくなってしまった&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■ＧＥやデルは90年代に全社的にコーチングを導入したが、一番最初にまず社長がコーチングを体験し、重要性を学んだ&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■「顧客から評価されたとき」がもっとも成長実感を感じやすい&lt;br /&gt;-          その他に「仕事で具体的な成果が出たとき」&lt;br /&gt;-          それに対して「上司・先輩から評価されたとき」は低い&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■よいキャリアは下記の4つの条件を満たす&lt;br /&gt;-          日々の仕事で動機を活用している&lt;br /&gt;-          自分の仕事の意味づけが明快に出来ている&lt;br /&gt;-          中長期的な成長実感がある&lt;br /&gt;-          人生全体の充実とバランスが取れている&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-6838371036600664623?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/6838371036600664623/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=6838371036600664623' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6838371036600664623'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6838371036600664623'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/10/blog-post_29.html' title='読書日記：人が育つ会社をつくる'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-5160213148387562542</id><published>2007-10-22T21:18:00.000-07:00</published><updated>2007-10-22T21:20:19.602-07:00</updated><title type='text'>読書日記：日本人のための宗教原論</title><content type='html'>10/23    日本人のための宗教原論　小室直樹　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■宗教をわからないと痛い目にあう&lt;br /&gt;-          仏教では地獄はないことになっている・・・オウムは仏教を標榜しているのに、地獄に落ちる、と言い募った段階で「あ、これはインチキだ」と思わないといけない&lt;br /&gt;-          仏教は実在論を否定する・・・人間の心の外に実在するものは何も無い・・・これが仏教の入門の初歩の初歩であるとともに極意であり蘊奥でもある&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■マックスウェーバーは宗教を「エトス」と定義した&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■世の中には啓典宗教とそうでないものがある&lt;br /&gt;-          ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は啓典宗教である&lt;br /&gt;-          仏教、儒教、ヒンドゥ教はそうでない&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■個人救済という側面でも分けられる&lt;br /&gt;-          キリスト教、仏教、イスラム教は個人救済の宗教である&lt;br /&gt;-          ユダヤ教、儒教は集団救済である&lt;br /&gt;-          儒教のイデオロギーは「政治万能主義」である・・・良い政治は経済も文化も人心も何もかも救う・・・それどころか作物も育ち、イナゴは来なくなり、鳳凰や龍が飛んできて挨拶する&lt;br /&gt;-          一方で個人の救済はまったくしない・・・例えば孔子の高弟である顔回は、孔門十哲の筆頭で、学問・徳の高さに秀でていたが、米のカスも食べられないほどの困窮に陥り、ついには病に倒れてしまう・・・この彼に、孔子は「嫌な世の中だよね」と嘆くだけ・・・そこで「政治をよくしなければ」と来る・・・そうクルか！&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■仏教には天地創造という概念が無い・・・従って終末論もまた無い&lt;br /&gt;-          仏教を持ち出しておいてハルマゲドンとか終末とか連呼しているのはバカ&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■仏教では悟りを開いた人はもう生まれ変わらない・・・生まれ変わるのは業があるから・・・カルマがあるからである&lt;br /&gt;-          釈迦のように悟りを開いた人はカルマをきれいになくしたわけだから、もはや生まれ変わらない&lt;br /&gt;-          したがってよくいる「釈迦の生まれ変わり」というのは絶対にウソである&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■良い状態・理想状態を明確に規定しないところにイデオロギーの妙味がある&lt;br /&gt;-          キリスト教は単に「神の国」というだけで、それがどんなものかを具体的には言わない・・・言わないことで勝手に各自が理想的なものを考える&lt;br /&gt;-          これはマルクスが「社会主義」を宣言して、労働者が七転八倒しているのは資本主義のせいであり、これを打倒しろと説いたが、打倒したら具体的にどうなるのか、ということについては明言を避けている&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■キリスト教はキリストの教えだが、仏教は釈迦の教えではない&lt;br /&gt;-          仏教の教えはダルマ＝法のこと&lt;br /&gt;-          ダルマは慣例、風習、義務、法律、心理、教説など、さまざまな法則を指す&lt;br /&gt;-          釈迦が発見しまいと発見しようと、ダルマは存在する&lt;br /&gt;-          だから釈迦の教えが正しいのは、ダルマを発見・理解した人だからであって、教えそのものは釈迦から出たものではない・・・これを法前仏後という&lt;br /&gt;-          キリスト教では、何よりまず神が最初にある・・・そして神が説いた神の教えがある・・・つまり神前法後である&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■日本人は、建前と本音を、何の苦も無く使い分けられる&lt;br /&gt;-          米国では進化論を教えた教師が罷免されるなど、キリスト教のファンダメンタリストは非常に厳格に聖書の記述を信じている&lt;br /&gt;-          太平洋戦争で捕虜になった日本人に米国は進化論から教えた・・・なぜ特攻などが出来るのか、という分析の結果、日本人は天皇を現人神と信じているからだということがわかった・・・そこで人の子孫はサルであって太陽ではない、ということを教えようとした&lt;br /&gt;-          ところが教えられた日本人は「進化論？知っている」と答えた・・・これにアメリカ人は非常に驚いた・・・なぜ現人神を信じている人が科学としての進化論も受け入れているのか？矛盾ではないか！ということである&lt;br /&gt;-          しかし当の日本人にしてみれば矛盾も何も考えない、アレはアレ、コレはコレということで、どうもアメリカ人には理解できなかったらしい&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■仏教の啓典は誰でも作ることが出来た&lt;br /&gt;-          如是我聞（にょぜがもん　私はこのように釈迦から聞いた）とアタマにつければ、なんでもお経になった&lt;br /&gt;-          仏教の正典がきめられていない理由がいくつかあるが、一つには釈迦の親切であると証明されたものは何一つ無いことである&lt;br /&gt;-          じゃあクソミソかというとそうではなくて法華経や般若経などのいわゆる大乗仏典は、みんな後世の創作であることがわかっている・・・これらのものはインドの超一流の哲学者、宗教家が、いろいろあるなかから「これはまあよかろう」ということで選んだもの&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■空とは無のことではない、いわんや有のことでもない&lt;br /&gt;-          空観（空の理論）は形式論理学を否定した一種の超論理学である&lt;br /&gt;-          空は虚無と同一視するのは間違い&lt;br /&gt;-          神はあり、また無い・・・これが空である・・・形式論理学ではこの命題が両立することは無い&lt;br /&gt;-          ユークリッド幾何学における点と線みたいなもの・・・・図面の上の点は広さを持たないが、厳密には広さを持たない点などもちろんありえない・・・太さを持たない線もしかり・・・では面積があるかといえば、無い・・・では無いかといえば点としてあり、線としてある・・・幾何学における点や線を有るか無いかで議論できない&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■イスラム教国・教徒は今後も増えるだろう&lt;br /&gt;-          イスラム教は大変わかりやすく、効験あらたかな宗教である&lt;br /&gt;-          歴史上、イスラム教化した国が仏教に変わったということは無いが、逆はたくさんある・・・西域（シルクロード）諸国は、昔はみな仏教国だったのにみんなイスラム教に改宗した&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■イスラム教で、異教徒と戦って死んだ人＝聖戦（ジハード）で戦死した人は死んだことにならない&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■パウロはキリスト教の最重要人物の一人だが、最大の功績は内面と外面の区分をおこなったことである&lt;br /&gt;-          外面的にはどうであれ、内面で信じていればぜんぜんＯＫとした&lt;br /&gt;-          このためにローマ支配化でローマの法律には面従していながら、内面はキリストを信じる、という信仰のあり方が可能になった&lt;br /&gt;-          これがなければキリスト教は滅びていただろうとマックス・ヴェーバーは言っている&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■中国の科挙制度が長く続いた背景には宦官制度がある&lt;br /&gt;-          官僚制が機能するためには官僚制と競合するカウンターバランスシステムが居る&lt;br /&gt;-          中国においては科挙のみに基づいた官僚制が千年近くも続いた&lt;br /&gt;-          そのカウンターシステムとは宦官のことである&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■夫婦別姓が問題になっているが、こんなの明治に人が作った制度でしかない&lt;br /&gt;-          明治23年以前は別姓が当たり前だった&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■戦後日本の精神的荒廃＝アノミーは連帯の喪失にもとづく&lt;br /&gt;-          まず昭和30年代から村落共同体が、高度経済成長がスタートするとともに徐々に崩れていって昭和40年代にもうなくなってしまった&lt;br /&gt;-          それを収束させたのが左翼運動と会社だった&lt;br /&gt;-          いまの日本のカルト宗教、教団は、その信者たちのアノミー救済のために機能している&lt;br /&gt;-          アノミーはフランスの社会学者エミール・デュルケムの用語で、普通は「無規範」とか「無秩序」と約すが、それはむしろアノミーがもたらす結果であって、言葉としては「無連帯」というのが近い・・・人と人を結びつける連体が失われ、人々は孤独・不安・凶暴になり社会をさまよう&lt;br /&gt;-          終身雇用や年功序列はもともとは日本の経営にはなかったが、このアノミー状態を収束させていく昭和30年くらいからスタンダードになった&lt;br /&gt;-          安保闘争というのも、要するにイデオロギー的な問題ではなく、皆で「わっしょいわっしょい」と騒ぎたい、そうやって連帯を感じて安心したい、というだけの話である&lt;br /&gt;-          カリスマ、という言葉はもともとマックス・ヴェーバーの言葉で、原義は「神の恩寵」である・・・人そのものがカリスマではない・・・そしてソ連はスターリンのカリスマ化に成功したから大躍進した&lt;br /&gt;-          ところがその後、ソ連は大失敗を犯してしまう・・・・スターリン批判によりスターリンのカリスマをめちゃくちゃにしたことでソ連をアノミーに陥らせたのだ&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-5160213148387562542?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/5160213148387562542/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=5160213148387562542' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/5160213148387562542'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/5160213148387562542'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/10/blog-post_22.html' title='読書日記：日本人のための宗教原論'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-703257831936359494</id><published>2007-10-21T20:34:00.000-07:00</published><updated>2007-10-21T21:04:15.959-07:00</updated><title type='text'>インターネットは民主主義の敵か</title><content type='html'>10/23    インターネットは民主主義の敵か　キャス・サンスティーン&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ハっとさせられることの多い本でした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ポイントは インターネットは必ずしも民主主義の味方ではない ということで、そのココロは&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;：膨大な情報のオーバーフローがおきる&lt;br /&gt;：全部処理できない以上、何らかのフィルタリングが必要になる&lt;br /&gt;：フィルタリングによって「自分にとって新しい意見」「自分とは合わない意見」を阻害する&lt;br /&gt;：意見が同じ人が集団化することで社会の多様性が失われていく&lt;br /&gt;：多様性の認識・受容は討議性民主主義の根幹を成す&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ということである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;実はこの主張は本書の最初の20ページと最後の20ページに実に簡潔にまとめられているので、 急いでいる人はそこだけ読めばいいかも。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■民主制度は広範な共通体験と多様な話題や考え方への思いがけない接触を必要とする&lt;br /&gt;-          各自が前もって見たいもの、見たくないものを決めるシステムは、民主主義を危うくするものに見えるだろう&lt;br /&gt;-          考え方の似たもの同士がもっぱら隔離された場所で交流しているだけでは、社会分裂と相互の誤解がおこりやすくなる&lt;br /&gt;·                   &lt;br /&gt;■良質の日刊紙、または夜のＴＶニュース番組の真の強みは未知なものへの出会いと準拠枠の提供にある&lt;br /&gt;-          読者・視聴者に広範な話題や意見に出会うことを可能にすることにある&lt;br /&gt;-          何百万人もの人が共有する枠組みを作る&lt;br /&gt;·                   &lt;br /&gt;■共通体験は社会をつなぎとめる接着剤の役割を果たす&lt;br /&gt;-          混合型社会で社会問題に手をつけようというとき、共有体験がなければどうしようもない&lt;br /&gt;-          社会の成員同士が理解できないかもしれない&lt;br /&gt;·                   &lt;br /&gt;■アメリカにおいては「自由の最大の敵」は「消極性」である&lt;br /&gt;-          最高裁判事であったルイ・ブランダイスはこう書く&lt;br /&gt;-          我々の自由を勝ち取った先達は、国家の最終目標は人間を自由にして才能を発揮させること、と信じていた。また、施政においては、話し合いによる力が恣意的なものを抑えるとも信じていた・・・・自由な言論と集会なしには議論は不毛になる・・・と信じた・・・自由の最大の敵は消極的な国民である。公開議論は政治的義務である。これはアメリカ政府の根本的な原理である&lt;br /&gt;·                   &lt;br /&gt;■フィルタリングはネットだけじゃない&lt;br /&gt;-          つきつめてみれば、どの新聞を読むか、どの番組を見るかもフィルタリング&lt;br /&gt;·                   &lt;br /&gt;■ネットは多様性を押し広げる役割も持つ&lt;br /&gt;-          好奇心に基づいて新たな知の探索を可能にする&lt;br /&gt;-          情報を探す人には多様性をもたらすが、情報がもたらせることだけを求める人にとっては多様性を排除する方向に働く&lt;br /&gt;·                   &lt;br /&gt;■しかし一般的に情報がオーバーフローした状態では、人は自分と同じ意見を聞きたがる&lt;br /&gt;-          白人の人気テレビ番組十傑とアフリカ系アメリカ人の十傑を比べると、両方のリストに顔を出す番組はほとんど無い&lt;br /&gt;-          アフリカ系アメリカ人のトップテンのうち7つの番組が、白人の間では「もっとも」不人気な番組のランキングで上位に入っている&lt;br /&gt;-          リンクの調査に関しても同様で、同じような見解・政治的な立場の意見があるＨＰばかりリンクが張られ、逆の立場のＨＰにはリンクが張られていない&lt;br /&gt;·                   &lt;br /&gt;■言論の自由は、贅沢品ではなく、必需品である&lt;br /&gt;-          貧困国あるいは社会や経済の問題で苦しんでいる国々においては、経済成長と国民の衣食住の充実が優先課題であって、民主主義の奨励・言論の自由は後回しにされるべきだ、という意見があるが、これは見当違いである&lt;br /&gt;-          経済学者アマーティア・センの研究によると、世界史の中で民主的な報道機関と自由な選挙制度を持つ体制に飢饉が起こったことは無い&lt;br /&gt;-          センが実証する出発点は、飢饉は食料不足の必然的な結果ではなく、社会的な構造が生み出した産物である、ということである&lt;br /&gt;·                   &lt;br /&gt;■祝日はこの「思いもかけないテーマとの出会い」のために存在する&lt;br /&gt;-          祝日は本来、国民にとって重大な出来事を皆で一緒に考えることでっ国づくりの手助けにするためにある&lt;br /&gt;-          加えて、祝日には多様な人々が共通の思い出・関心を持つことを促進する&lt;br /&gt;·                   &lt;br /&gt;■選択肢の縮小は必ずしも抵抗をもたらすわけではない&lt;br /&gt;-          社会学者のジョン・エルスターはすっぱい葡萄のたとえをもって説明する&lt;br /&gt;-          選択肢が狭められると、失ったものについての選好が減少することがある&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-703257831936359494?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/703257831936359494/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=703257831936359494' title='1 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/703257831936359494'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/703257831936359494'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/10/blog-post_21.html' title='インターネットは民主主義の敵か'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>1</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-6400153903630546165</id><published>2007-10-16T19:58:00.001-07:00</published><updated>2007-10-16T21:45:19.599-07:00</updated><title type='text'>映画日記：俺たちに明日は無い</title><content type='html'>現代は「ボニー＆クライド」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;銀行強盗をやりながら逃避行をする二人＋その仲間たち。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最後には銀行強盗から足をあらって全うな生き方を志向するものの、&lt;br /&gt;過去は清算できず。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;結局は、警官隊に待ち伏せをされて機関銃で惨殺される、&lt;br /&gt;という救いの無いストーリー。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;わくわくもしないしはらはらもしない。ただ、ずるずると「贅沢はしたいけど&lt;br /&gt;学歴もないし働く気もない、なんとなくこの田舎町がいやだ」ということ&lt;br /&gt;から強盗を繰り返しているうちに、逃げるために次々に人を殺さざるを&lt;br /&gt;得ない状況に陥っていく様が描かれるところがやりきれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本人たちは、気のいい連中で、強盗はするものの人を傷つけるつもりは&lt;br /&gt;まったくない。だから、逃げるために衝動的に犯した殺人を、ものすごく&lt;br /&gt;後悔したりする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;映画の途中、田舎に残してきた母親の家に逃げ込むシーンがある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そこで「一段落したらみんなで一緒に暮らそう」というボニーに対して、&lt;br /&gt;母親が無表情に「人を殺したんでしょう。もうアンタラには落ち着ける&lt;br /&gt;ところなんてないよ。一生逃げるしかないんだよ。さようなら」と告げて、&lt;br /&gt;去っていくシーンが非常に印象的。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この時代、明日に向かって撃てとか卒業とか真夜中のカウボーイとか、&lt;br /&gt;見終わると救いの無い絶望感にさいなまれる映画がたくさんヒットした&lt;br /&gt;けど、これって時代の申し子なのかしら？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;明日に向かって撃てとかこの映画は、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;：調子いいことをやって調子よく生きている&lt;br /&gt;：この先もどんどんそれをやっていこう&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と思っているうちに引き返せない袋小路に入っていることに気づいた、&lt;br /&gt;という展開の映画であるが、そういう警告を世の中に出したかったのか？？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;よくわからん。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-6400153903630546165?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/6400153903630546165/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=6400153903630546165' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6400153903630546165'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6400153903630546165'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/10/blog-post.html' title='映画日記：俺たちに明日は無い'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-8685348043748849865</id><published>2007-10-16T19:58:00.000-07:00</published><updated>2007-10-16T19:59:42.386-07:00</updated><title type='text'></title><content type='html'>10/17    なぜデザインなのか。　原研哉　阿部雅世&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■デザインはそもそも権力・パワーの誇示が目的だった&lt;br /&gt;-          デザインはフリルじゃないといわれるけど歴史的には98％フリルだった&lt;br /&gt;-          装飾こそがデザイン、という考え方&lt;br /&gt;-          プレーンな青銅器とかは無いわけ&lt;br /&gt;-          村とか国とか、共同体を維持するための求心力を表象するものが必要&lt;br /&gt;-          稠密な文様とか複雑な模様は、修練を積んだ人が膨大な時間をかけないと出来ない・・・・&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■デザイン、という言葉が矮小化されつつある&lt;br /&gt;-          そもそもものづくりの知恵を表す言葉&lt;br /&gt;-          だから「デザイン家電」なんていう言葉は、短絡的な消費主義的発送が見えて浅くて悲しい&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■脳が考えたことをそのまま表面に出すこと・・これがドローイングの訓練&lt;br /&gt;-          恥を忘れることが大事&lt;br /&gt;-          バウハウスのヨハネス・イッテンは造形体操で、体が作り出してしまう、しでかしてしまう表現をそのまま表出させる訓練をさせた&lt;br /&gt;-          これは、恥の意識でフィルターをかけることを取り除く訓練&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■新聞を季節で衣替えさせてもいい&lt;br /&gt;-          見出しや罫線、本文の書体を涼しげなものと暖かいものを用意して季節に応じて使い分ける&lt;br /&gt;-          夏はタイトルに朝顔がまきつき、冬は雪が積もったりツララがたれたりする&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■あるべき状態でデザインされるべき&lt;br /&gt;-          タバコやチューインガムのパッケージなんてくしゃくしゃになっている状態を目にすることのほうが多いのに、そういう状態を想定したデザインがされていない&lt;br /&gt;-          ブルーノ・ムナーリは料理用のへらとか靴のかかとは最初から磨り減った形にデザインしておくのが正しい、と言っている&lt;br /&gt;-          磨り減った、のではなく成熟した状態という考え方&lt;br /&gt;-          ポスターをデザインするときは、実際に施策を壁に貼ってみたりバス停にある状態にしてみてそれを写真にとってプレゼンする&lt;br /&gt;-          紙袋は、それを持っている人がバス停に並んでいるところや、それが打ち捨てられて水溜りでぐずぐずになっているところなんかを写真にとって提案する・・・それでリアリティが出てくる&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■デザインの創造性は「問い」にかかっている&lt;br /&gt;-          いい問いが見つかれば、いい答えが見つかる&lt;br /&gt;-          いろいろと知恵を絞っているのは、デザインで解くべきユニークな「問い」を探しているということ&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■パリにはトレンドセッティング委員会というのがあって、トレンドは自発的に作られる&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■居住空間の心地よさは面積ではなく体積&lt;br /&gt;-          昔すんでいた同潤会のアパートは狭かったけど天井高が3.5メートルくらいあった&lt;br /&gt;-          そこで思ったのが空気の量が心地よさなんだな、ということ&lt;br /&gt;-          同じ広さでも天井が低いと圧迫感がある・・・いまは何でも平米で見るでしょう、あれを体積で見るようになるといろいろと変わってくると思う&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■日本の緑は世界的に見ると石油に匹敵するような財産&lt;br /&gt;-          水をまかなくてもこれだけの緑が勝手に映えてくるというのは石油に匹敵するくらいの財産&lt;br /&gt;-          ドイツは森がものすごく豊かだけど全部植林&lt;br /&gt;-          一本木を切ったら一本植える、という法律がある&lt;br /&gt;-          ティアガルテンというベルリンの森を窓から見ると毎日毎日スプリンクラーで水をまいている・・・そうしないと芝生も木も枯れてしまう&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-8685348043748849865?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/8685348043748849865/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=8685348043748849865' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/8685348043748849865'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/8685348043748849865'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/10/1017-98-3.html' title=''/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-2750836080944483138</id><published>2007-09-19T02:00:00.001-07:00</published><updated>2007-09-19T02:01:38.421-07:00</updated><title type='text'>はじめての構造主義</title><content type='html'>9/19      はじめての構造主義　橋爪大三郎　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■ソシュールはそれまでの言語学がアホくさかった&lt;br /&gt;-          ソシュール以前の言語学は、言語が現代に至るまでの変化の過程をつぶさにトレースしていくことがメインの仕事だった&lt;br /&gt;-          しかし、そんなことでいいのか、とソシュールは思った&lt;br /&gt;-          人間と言語は切っても切れない関係にある・・・言語を通じて人間のより深い理解へといたるような学問・・・それを言語学としようじゃないか、と彼は思った&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■言語が切れるように、人は世界を切っていることをソシュールは見つけた&lt;br /&gt;-          日本では湯と水は違う言葉なのに、英語では湯そのものを表す単語は無い&lt;br /&gt;-          ものがあって、それにしたがって世の中を切っているのではなく、言葉によって世の中を切っているのが人間&lt;br /&gt;-          Ａさんの“あ”とＢさんの“あ”では違う音なのに、我々は“あめ”という言葉を聞き分けられる・・・重要なのは音そのものではなく、その音が作り出す“差異”にある・・・言語とは結局は“差異の体系”である&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■レヴィ・ストロースの「親族は女性を交換する仕組みである」という仮説にもっとも影響をあたえたのはモースの研究だろう&lt;br /&gt;-          モースは「贈与論」というユニークな論文を書いた&lt;br /&gt;-          彼は贈与が未開社会でとても大きな意味を持っていることを最初に注目した学者だった&lt;br /&gt;-          モースは、ニューギニアの沖合いにある贈与の慣習「クラ交換」に着目した&lt;br /&gt;-          クラは貝殻とか花で飾られたちょっとした器物だが、これを交換するために各部族は命がけでカヌーを漕ぎ出す・・・この交換のために死ぬこともしばしばあったらしい・・・・&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■価値があるから交換するのではなく、交換するから価値があることに気づいた&lt;br /&gt;-          なんでこんなつまんないものを命がけで・・・・と思う前に、我々も日本銀行券と書かれた紙っぺらをありがたく交換していることを思い出さなければいけない&lt;br /&gt;-          つまり、価値があるから交換しているのではなく、交換しているから価値があるのだ&lt;br /&gt;-          女性もこれと同じで、部族間で交換のための財とされているのである&lt;br /&gt;-          近親相姦が原始社会においても禁止されているのは、この交換財としての役割を維持するためである&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■ギリシヤ人はヒマだったが頭が良かった・・・公理をつくったのだから&lt;br /&gt;-          由緒正しいギリシア人は働いちゃいけなかったので、ヒマをつぶすために証明問題に没頭し、ほとんどの証明を終わって証明の網の目を作ってしまった&lt;br /&gt;-          この証明を良く見て見ると枝分かれのような構造になっており、一番基本的な事実はほかの事実＝定理をしょうめいするばっかりで自分はちっとも証明されていないことに気づいた&lt;br /&gt;-          証明の枝分かれの、ちょうど出発点になっているところについては、仕方ないので「理屈抜き、証明抜きで正しいことにしよう」ということになった・・・これを公理という&lt;br /&gt;-          公理がよそから証明されると非常にかっこ悪いので、よくよく吟味が重ねられ、最終的には5つに絞り込まれた・・・この5つの公理から幾何学の知識はすべて証明（の連鎖）によって跡付けることができるようになった&lt;br /&gt;-          このことを記した本がユークリッドの「幾何学原本」である・・・実はユークリッドが実在の人物かどうかよくわかっていないのだが、この本は実在しており、以後二千年にわたってすべての学問の手本となった・・・本当に見事で美しい本である&lt;br /&gt;-          ちなみにユークリッドの幾何学原本には次の5つの公理が載っている&lt;br /&gt;-          １：どんな二点のあいだにも、一本の線分が引ける&lt;br /&gt;-          ２：線分を好きなだけ延長できる&lt;br /&gt;-          ３：好きな点を中心に、好きな半径の円を描くことが出来る&lt;br /&gt;-          ４：直角はどれも等しい&lt;br /&gt;-          ５：直線外の一点を通って、その直線に平行な直線を、一歩だけ引ける&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■アリストテレスはすごい&lt;br /&gt;-          アリストテレスは論理学を一人で作ってしまった&lt;br /&gt;-          三段論法の薦め方を何通りにも分けて、推論が正しい場合、間違いである場合をいちいち確かめて一覧表にした&lt;br /&gt;-          記号論理学が出来てからのここ100年くらいで古臭くなってしまったが、それまで二千年のあいだ絶対的な権威を誇ってきた・・・スゴイ！&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■代数学と幾何学を融合したのはデカルト&lt;br /&gt;-          ギリシア人は幾何学は大好きだったが算術は大嫌いだった・・・それは奴隷や商人の仕事だったからである・・・そのためギリシアでは代数学はぜんぜん進化しなかった&lt;br /&gt;-          代数学を進化させたのはアラビア人である・・・&lt;br /&gt;-          代数学と幾何学を結びつけたのはデカルトである・・・彼は17世紀の人だがある時急にひらめいて座標軸というものを思いつき、平面の各店をｘ座標、ｙ座標の組み合わせで示してみると、なんと円錐曲線が二次方程式で表せることに気づいた&lt;br /&gt;-          そんな具合にして、あれよあれよという数ヶ月の間に、解析幾何学をこさえてしまった&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-2750836080944483138?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/2750836080944483138/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=2750836080944483138' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/2750836080944483138'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/2750836080944483138'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/09/blog-post_19.html' title='はじめての構造主義'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-6117832169929364009</id><published>2007-09-19T00:02:00.003-07:00</published><updated>2007-09-19T00:02:48.099-07:00</updated><title type='text'></title><content type='html'>9/19      フラット革命　佐々木俊尚　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一言でいって深い本である。最近のインターネット関連の書籍のほとんどがビジネスサイドに関するものばっかりであったのに対して、この本は人間そのものがどう変わるのか？公共性はどうなるのか？社会はどうなるのか？といった問題意識を提起している。一種のルポルタージュになっているので、サっと読めるものでもないが、読み通せば確実に、これは考えなければいけない問題だなという、宿題に似た感じを与える本である。特に、匿名性が維持されるネット内において建設的な関係性・公共性をどう維持していくのか？という点は深く考えていかなければいけない問題だと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■インターネットの浸透によって“公共性”のあり方も変わってくる&lt;br /&gt;-          既存マスメディアからのパワーシフトが発生しているが、既存マスメディアはそれはそれで公器としての昨日、公共性を担保させるための役割は果たしていた&lt;br /&gt;-          もし仮に、ネットの台頭によって既存マスメディア企業がつぶれてしまったとしたら、公共性は誰が担保するのだろう&lt;br /&gt;-          ウィキペディアは集合知として存在しているが、等のウィキペディア自身はウィキペディアを“信頼できない情報源”として分類しており、信頼できる情報源としてウォールストリートジャーナルやタイムといった既存マスメディアを挙げている・・・彼らはネットの台頭によって経営上存続が難しいかもしれないのに&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■ネットの台頭によってゲマインシャフトからゲゼルシャフトへのシフトが起こっている&lt;br /&gt;-          20世紀初頭のドイツの社会学者フェルディナント・テンニースは地縁や血縁にもとづいた共同体であるゲマインシャフトは、社会が近代化され、産業資本主義によって工業化が進められると徐々に消滅し、利害関係だけにもとづく人工的な共同体＝ゲゼルシャフトにしふとしていくと説いた&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■ネットにおける匿名性の問題は、仲裁可能性の問題として捉えられる&lt;br /&gt;-          ネットにおいて事象や個人を名を明かさずに匿名で攻撃する人について、卑怯だという非難をする人が多いが匿名性を非難することはなかなか難しい&lt;br /&gt;-          たとえばキップリングというニックネームを用いるのと、東京都山口さんという名前を用いるのと東京都匿名希望という名前を用いるのは、もし個人名が何らかの権威と結びついて有名性を持っていない限り、本質的に違いは無い&lt;br /&gt;-          しかしアスキー創業者の西氏はこうやって匿名に関しての問題性を指摘する&lt;br /&gt;-          たとえばインドと中国の国境は両国が何年もかけて争ってきており、容易に譲歩できる問題ではない。これは国際社会として、どう仲介していくのかというのが問題になるわけだが、インターネットではそうはならない。他人から失礼なメールが送られてきたら、そのメールを削除して、以降その人からのメールをすべて拒否する、というようにプログラムしてしまう・・・・サイバーの世界では一旦嫌いになったら関係の修復が難しい。誤解やミスコミニュケーションによって発生した断絶を、修復するすべを持っていない・・・サイバー世界でけんかしたら仲良くなれない、と、彼は指摘する&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■ネットは恐ろしい、醜いものまで目の前に突きつけるメディアである・・・そこから美しいものだけを取り出すリテラシーと勇気が必要&lt;br /&gt;-          これまではマスメディアが世の中で起きていることをフィルタリングして、しかも砂糖でくるんで届けてくれた&lt;br /&gt;-          いまやネットはオブラートにくるまずに恐ろしい・醜い側面をダイレクトに見せてくれるメディアである&lt;br /&gt;-          インターネットの情報はノイズにあふれている・・・しかしこのノイズが世の中の実態そのものなのである・・・この膨大なノイズの中からリアリティを失わずに本質をつかみあげることが出来るか・・・？&lt;br /&gt;-          これは大変である・・・・人々がこの世界で浮遊し、誰も警察や役所の役割を果たさない・・・自分たちで自治をしていくしかないのだけど、この中には犯罪者や異常に攻撃的な人、ずるい人、自分とまったく意見が会わない人が居る・・・・どうやって意見がまとまるのかさえはっきりしない&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-6117832169929364009?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/6117832169929364009/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=6117832169929364009' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6117832169929364009'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6117832169929364009'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/09/919-20.html' title=''/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-4808729029504220427</id><published>2007-09-17T18:08:00.000-07:00</published><updated>2007-09-17T18:10:35.153-07:00</updated><title type='text'>読書日記：ウェブは資本主義を超える</title><content type='html'>9/14      ウェブは資本主義を超える      池田信夫　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■個人をプロセッサ、組織をネットワークと考え、情報処理コストと通信コストのどちらが相対的に高いかによってネットワークの構造が変わる&lt;br /&gt;-          情報処理コストがネットワークコストより相対的に高いときには情報を中央集権的に処理して端末に送ったほうがよい&lt;br /&gt;-          逆に通信コストが高い場合は端末で分散処理して通信料を減らしたほうがいい&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■広告費だけでなく販促費を視野に入れることで大きな市場が期待できる&lt;br /&gt;-          日本の広告費は約6兆円でＧＤＰの約1％である・・・この水準は一定しており、この中で市場を食い合っている以上は大きな成長は期待できない&lt;br /&gt;-          一方、日本における顧客へのマーケティング費用の総計は20兆円、世界全体では100兆円くらいあるとされている&lt;br /&gt;-          グーグルが狭義の広告産業を超えて従来のどぶ板営業を代替するものだとすれば、広告市場を越えた大きな成長機会をつかまえるかも知れない&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■インターネットに関連したビジネスではサービスのリリースタイミングが死命を決する重要性を持つ&lt;br /&gt;-          Web2.0という言葉はコンピューター中心からネットワーク中心への移行という概念を含んでいるが、これは昔サンやオラクルが流行らせようとした「ネットワーク・コンピューティング」とか「シン・クライアント」といった概念に近い&lt;br /&gt;-          これらの概念は論理的にはありえたのだろうが、いかんせんダイヤルアップの時期に出てきたのは早すぎた&lt;br /&gt;-          普通、一度失敗したビジネスモデルは二度とものにならないが、ムーアの法則（半導体の集積度が18ヶ月で2倍になるという経験則）によってコストが3年で1／4になるITの世界では、3年前に赤字だったビジネスモデルが、いまやったら黒字、ということがありうる&lt;br /&gt;-          グーグルは検索エンジンのパイオニアでもなければ、検索広告の発明者でもない・・・問題はそういう技術をどう組み合わせてどういうタイミングで世に出すかという、まさに戦略の問題なのである&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■ブラウザにインターフェースをすべて依存するようになるとＯＳの存在意義が薄まる可能性がある&lt;br /&gt;-          ネットスケープの登場によってウィンドウズは単なるデバイスドライバなる（マーク・アンドリーセン）&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■マイクロソフトの失敗は広告経済モデルの軽視   &lt;br /&gt;-          チーフ・ソフトウェア・アーキテクトとしてビル・ゲイツの後継となるレイ・オッジーは「インターネット・サービスによる破壊」という内部文書でマイクロソフトの失敗の原因を分析している&lt;br /&gt;-          その第一に、パッケージソフトの販売という伝統的な収益源にこだわって広告による経済モデルを軽視した結果、インターネットによる効率的な流通システムの開発に遅れをとった、という点をあげている&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■ビスタはＩＢＭと同じになるかも知れない&lt;br /&gt;-          かつでのＩＢＭは超高性能な大型コンピューターを守ろうとしてＰＣという破壊的イノベーションに敗れた&lt;br /&gt;-          大した新機能もないのに大きなメモリを食うビスタは典型的な持続的イノベーションが、顧客期待価値を超えて余計な機能を付加している様相になっている&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■権利処理の自動化には定型的なプロセスの設計が必要&lt;br /&gt;-          権利処理を自動化するには、まず権利を一本化し、許諾権を切り離して報酬請求権のみとし、ライセンス料に定価を定めるなど、定型的な処理手続きを作る必要がある&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■ウィキペディアのルールでは、最終的には精度は担保されない&lt;br /&gt;-          ウィキペディアは「最終的に信頼できる情報源」にリーチ出来ることを目的にしており、真理の提供を目的にしていない&lt;br /&gt;-          ここで言う信頼できる情報源とは別途定義されており、それはたとえばニューヨーク・タイムズやBBCで、実はウィキペディアは「信頼できない情報源」に分類されている&lt;br /&gt;-          このように明文化されたルールだけを根拠として正当性そのものの考察に踏み込まないこと、それが真理であるかどうかを問わない、という考え方は法学でいう実定法主義（Legal Positivism）であるが、これは仲間内メディアでは機能するが、信頼できるはずの情報源が信頼できないとき、機能しない&lt;br /&gt;-          たとえば従軍慰安婦に関して、ニューヨークタイムズもBBCも「慰安婦は日本軍の性奴隷制度だった」と報じており甚だしい事実誤認をしている&lt;br /&gt;-          こういうケースでは信頼できる情報源が信頼できない、ということになり、このルールは機能しない&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■百科事典はそもそも啓蒙思想の最大の成果であった&lt;br /&gt;-          百科事典は18世紀にディドロとダランベールが編集した「百科全書」が最初&lt;br /&gt;-          教会による知識の独占の時代を乗り越え、神学による学問支配を乗り越え、個人による自由な知の集積を作る作業の成果であった&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■多くの官庁や大企業の取り組みが失敗に終わったのに、一人の不良青年が作った２ちゃんねるが、これほど多くのユーザーをひきつけている事実は、失敗した大事業の関係者たちはもう一度考えて見るべき&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■マスコミの誇大なあおりにだまされてはいけない&lt;br /&gt;-          治安が悪化して犯罪が増えている、とマスコミは煽るが実態はそうではない&lt;br /&gt;-          統計上の犯罪の数は増えているが、その最大の原因は自転車の防犯登録によって、自転車泥棒を犯罪統計に入れるようになったことや、警察が犯罪被害の届出を受理ｓ内「前裁き」がへったことなど、犯罪の「認知率」が上がったためで、こうした効果を除くと犯罪はほとんど増えていない&lt;br /&gt;-          さらに、殺人や強盗といった凶悪犯を見れば、戦後一貫して減っておりピーク時の1950年代の1／3以下になっている&lt;br /&gt;-          また検挙率が下がったというマスコミもあるが、これも母集団が増加したことと、軽微な犯罪や余罪の追及に要因をさかなくなったことでほぼ説明がつく&lt;br /&gt;-          また、いじめが社会問題化している、というトーンもおかしい&lt;br /&gt;-          子供の自殺は70～80年代がピークで、このころも「いじめ」が最大の原因として騒がれた&lt;br /&gt;-          現在、自殺件数はピーク時の半分であり、いじめが原因と見られるものも当時は毎年10件くらいと、現在の6件より多かった&lt;br /&gt;-          そもそも年間で6とか10とかいう数字からして、「稀有」な事件というべきで社会問題として取り上げる問題ではない&lt;br /&gt;-          うつ病で年間1万人以上自殺しているのは取り上げず、いじめや極悪犯罪など、耳目を集めやすいニュースを誇大に取り上げることで視聴率を上げようとしているだけである&lt;br /&gt;-          付け加えれば、ごみ焼却炉から出るダイオキシンがワイドショーで一時期頻繁に取り上げられたが、これらの寿命への影響は1.3日であり、喫煙の10年以上、また受動喫煙の120に比べればはるかに影響は軽い・・・・ダイオキシンを騒ぐのならタバコを全面禁止にするキャンペーンをはればいい&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■ＮＨＫが数年前に行ったブラインドテストでは、ハイビジョンと通常放送の違いを見分けられる視聴者はほとんど居なかった&lt;br /&gt;-          はっきり差が出るのは色温度とコントラストで解像度は要素中もっとも最下位だった&lt;br /&gt;-          またたくさんのチャンネルでいろいろな番組が見たい、という要望は高かったもののいい画質でみたい、という要望もこれまた最下位だった&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■日本人は貧乏になってきた&lt;br /&gt;-          1993年に日本の一人当たりＧＤＰは3.50万ドルで世界一位だった&lt;br /&gt;-          2005年には3.56万ドルでOECD諸国30カ国中14位に落ちた&lt;br /&gt;-          最近の１＄＝120円前後という為替レートは購買力平価と見合う水準であるから、円が過小評価されているわけではない&lt;br /&gt;-          1990年時点を基点として日本経済が年率2％（先進国の平均成長率）で伸びた場合と比較すると、現実のGDPはその90％程度でしかない&lt;br /&gt;-          格差がどうこう言う前に、富が一割なくなったということなのだ&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■梶＝深尾論文によれば、退出した企業のTFPは生き残った企業よりも高い&lt;br /&gt;-          TFP＝全要素生産性とは、労働と資本の生産性をあわせた概念で産出量=GDPの成長率あら労働・資本投入量の増加率を引いたもの&lt;br /&gt;-          TFPは技術革新以外に、リストラによる労働生産性の向上や、効率の悪い企業からよい企業へ生産資源が移行することでも向上する&lt;br /&gt;-          梶＝深尾論文によれば、本来経営破たんすべきゾンビ企業が追い貸しで延命させる一方、資金調達の困難な新しい企業が成長できずに廃業することによって日本経済全体のTFPは大きく低下してしまっている・・・・つまり新陳代謝の低さが、長期不況の大きな原因だとしている&lt;br /&gt;-          これはほかの実証研究でも確認されている&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■格差は広がっていない&lt;br /&gt;-          ジニ係数が若干上がっているのは、もともと所得格差の大きい高齢者世帯の比率があがったことと、所得の少ない単身世帯が増えたことにある&lt;br /&gt;-          小泉政権の市場原理主義により格差が拡大した、という分析は数値からは読み取れない&lt;br /&gt;-          不平等度が上がったのは90年代の長期不況の時期で、景気が回復した2000年以降はまた平等化している&lt;br /&gt;-          したがって「日本が世界一の格差社会になった」という国会の小沢氏の発言はナンセンスである&lt;br /&gt;-          ただし、懸念される問題はある・・・それは若年層（18～25歳）の貧困率の向上である&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■弱者救済は気をつけないと新たな弱者を生む&lt;br /&gt;-          弱者救済を主張する人の多くは、今雇用されている人の待遇だけを問題にし、労働市場から排除されている本当の弱者が視野に入っていない&lt;br /&gt;-          たとえばタクシーの規制緩和で運転手の労働条件が悪化したと批判されるが、規制緩和以後、全国で1.7万台のタクシーが増えており、一台のタクシーを二人で乗務するとすると3万人以上の雇用が創出されたことになる・・・この間、年収は8％ほど低下しているが収入ゼロだったかも知れない人が3万人も年収を得られるようになっているわけで、これを格差拡大といって非難するのは既得権益を守ろうとする労働組合側の見方である&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■市場メカニズムを無視した規制強化は、一見いいことをしているように見えるが回りまわって格差を拡大してしまう&lt;br /&gt;-          経済学では雇用は需要と供給のバランスで決まる・・・こういう単純なことを理解できないやからが多すぎる&lt;br /&gt;-          賃金を市場で決定される水準よりも高い水準に規制すると、既に雇用されている人の賃金は上がるが、労働需要は減るので超過供給＝失業が生じる&lt;br /&gt;-          たとえば借地借家法で店子の権利を強く保護すると、弱い立場の店子が助かるように思える・・・・しかし実際にどういうことになるかというと家主は明け渡しを求めても店子が立ち退かないので、借家の供給が全体としては減少し、結果として需給のアンバランスから全体の家賃は上昇してしまう&lt;br /&gt;-          また、サラ金の上限金利を引き下げると、借金を抱えている人は一見助かるように見える・・・・消費者金融の債務者は大手五社で約一千万人いて、このうちの91％が20％以上の金利で借りている・・・・業界全体では債務者はこの1.5倍くらいだろうと想定されているが、中小の金利はほとんどが20％以上だから、上限金利が20％に規制されると1400万人は市場から締め出されることになる・・・・こうして締め出された人たちは、結局は闇金融に走らざるを得ず、さらに悲劇的な結末を迎えることになる&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■福祉国家と市場原理主義を対立概念として捉え、小さな政府を批判する図式は不毛&lt;br /&gt;-          格差問題は、決まったパイをいかに公平に分配するかという問題として捉えるのは誤り&lt;br /&gt;-          景気回復によって新卒採用の数がバブル期なみになったように、経済成長によってパイが大きくなれば、誰もが利益を得ることが出来る&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■何かが自由財になったように見えると、新たな財がボトルネックになる・・・この新たな財の希少性がビジネスの鍵になる&lt;br /&gt;-          資本主義社会の前提は、資本が希少で労働は過剰だということ・・・・工場を建てて多くの労働者を集める資金をもっているのは限られた資本家だから、資本の希少性の価格として利潤が生まれる・・・これは普通の製造業では今も正しいが、情報の生産については状況が違う&lt;br /&gt;-          ムーアの法則によって1960年代から今日までに計算能力の価格は一億分の一になった・・・これは建設に100億円かかっていた工場が100円でできるようになったということだから、こうなると工場を作って労働者を集めるよりも、労働者が各自に工場を持って生産するほうが効率がよい、ということになり、それが現実になった&lt;br /&gt;-          つまり、昔はボトルネックは工場だったのだが、今のボトルネックは工場を扱う各人の時間になる・・・・そしてこの資源＝ユーザーの時間を効率的に配分するテクノロジーが重要になる・・・膨大な情報の中からコンテンツを見つけ出して、希少な時間をひきつける権利＝広告に新たなビジネスチャンスが生まれる&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■著作権保護期間の延長は国益にかなわない&lt;br /&gt;-          70年が著作権保護の国際的なスタンダードだから、それに順ずるのが国益にかなう、という主張は論理的に間違っている&lt;br /&gt;-          国際著作権条約では、保護期間50年の国の著作物が70年の国に輸出されても50年しか守られない一方、70年の国の著作物が50年の国に輸入されても50年しか守られない&lt;br /&gt;-          日本において、著作物は輸入超過なので日本で著作権保護を20年延長して得られる国外での著作権収入よりも、輸入した著作物を国内で自由に複製できなくなることでの損失の方がはるかに大きい&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■日本のコンテンツ産業の問題は、法的なものではなく、分配の問題である・・・そのためにはとにかくビジネスでWin-Winに関係者がなれるモデルを築くことが必要&lt;br /&gt;-          著作者の利益が法的に保護されていない、ということが問題の本質ではなく、利益がクリエイターに正当に分配されないことが問題&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■ライブドア事件の量刑の重さは不可解     &lt;br /&gt;-          主な起訴事実は50億円強の粉飾決算だった&lt;br /&gt;-          しかしカネボウは総額2000億円の粉飾を行っており、これと比べて量刑が不当に重いように思う&lt;br /&gt;-          180億円の利益を水増しした日興コーディアルも上場維持されたし、1990年代には日本の銀行のほとんどが不良債権を分割償却するという粉飾決算を行っていたが、刑事事件になったのは日債銀・長銀といった破綻銀行だけである&lt;br /&gt;-          堀江貴文被告は第一審で懲役2年6ヶ月の実刑判決を受けた・・・エンロンやワールドコムでは20年以上だったのに甘い、といったニュアンスでグローバルスタンダード論を振り回すやからも居るが、これも間違いで、こういう厳罰はアメリカだけの特殊な現象え、イギリスではベアリング証券をつぶしたニック・リーソンも4年で出所している&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■インサイダー規制は、サッカーのオフサイドのようなもの&lt;br /&gt;-          それ自体がルール違反ではないが、それを許すとゲームがつまらなくなる＝資本家が集まらなくなる&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■霞ヶ関の最大の罪は優秀な人材をロックインしていること&lt;br /&gt;-          社会を動かすのは人口の数％のエリートで、そういう人材がどれくらい戦略部門にいるかで国力は決まる&lt;br /&gt;-          霞ヶ関は、戦後しばらくは日本最大の戦略部門だったがいまはお荷物になった&lt;br /&gt;-          重要なのは老人の天下りにヤーヤー文句を言うことではなく、未来のある人材を霞ヶ関から脱出させてチャレンジャーを育てる人的資源の再配分である&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-4808729029504220427?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/4808729029504220427/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=4808729029504220427' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/4808729029504220427'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/4808729029504220427'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/09/blog-post_17.html' title='読書日記：ウェブは資本主義を超える'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-6879583578750240088</id><published>2007-09-10T20:07:00.000-07:00</published><updated>2007-09-10T20:08:46.386-07:00</updated><title type='text'></title><content type='html'>9/11　デジタル・コンバージェンスの衝撃　齋藤茂樹&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■オンデマンドテレビが浸透すると現在のウィンドウ展開の仕組みも変わるかもしれない&lt;br /&gt;-          現在は大ヒット作があるとだんだんにＤＶＤ化、テレビ放映と収益力の少ないウィンドウにシフトしていく&lt;br /&gt;-          それに対して、オンデマンドテレビはニッチに向けた情報発信が出来るので華氏911みたいなニッチコンテンツを、最初にオンデマンドテレビでリリースしておいて、人気が出るようならネットワークのロードショーにもっていくという低リスクのコンテンツビジネス展開が出来るかもしれない          &lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■ライブドアが狙ったのはポニーキャニオンのコンテンツではなく、コンテンツを作って売る仕組みである&lt;br /&gt;-          もともとポニーキャニオンがもっているのはＤＶＤ化権であってブロードバンドでの配信権を持っているわけではない・・・そんなことは彼らも知っていたはず&lt;br /&gt;-          彼らが狙っていたのは自社で作ったコンテンツをポニーキャニオンの流通ルートに乗っけて販売すること・・・さらには自社で開発するコンテンツにポニーキャニオンの知恵を入れたかったということ&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■オプティキャストというテクノロジーを使うと、通常のチャンネルなら500、ハイビジョンでも100チャンネルほどを有線で提供できる&lt;br /&gt;-          オプティキャストとは、同軸ケーブルの代わりに光ファイバーを使って光周波数多重方式と呼ばれる技術のこと&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■パソコンをテレビとしても使う、という考え方には無理がある&lt;br /&gt;-          もともとパソコンに用いられているメモリーは画像処理には向いていない&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■オンデマンドテレビで人気の出るコンテンツは、１：キラーコンテンツ、２：過去コンテンツ、３：教育、４：草の根、だろう&lt;br /&gt;·         &lt;br /&gt;■ 草の根コンテンツで言えば、たとえばニッチに人気のあるインディーズのバンドなどはありうる&lt;br /&gt;-          全国的な人気のあったインディーズバンド、モンゴル800は、いまでは沖縄に活動拠点を置きながら定期的にＣＤを発売し、ライブ活動を行っている&lt;br /&gt;-          彼らのように、地元密着型で活動したいと考えているインディーズバンドは多い&lt;br /&gt;-          後は、孫の映像を見たがる祖父母と、それらの映像を共有するといった仕組みがありうる&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■ラジオ放送は、もともと一対多の無線通信というコンセプトだった&lt;br /&gt;-          もともと無線は一対一の通信だった&lt;br /&gt;-          これを一対多にすれば布教に利用できると考えた牧師のチャールズ・カフリンが、一対多の「放送」を開始した&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■アメリカのテレビ業界を特徴付けているルールに「フィンシンルール」と「プライムタイムアクセスルール」の二つがある&lt;br /&gt;-          フィンシンルールとは、外部制作会社の作ったコンテンツの権利を、テレビ局は保有できない、としたルールである&lt;br /&gt;-          プライムタイムアクセスルールとは、４時間に１時間は三大ネットワークの作った番組以外の番組を流さなければいけないというもの&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■日本における「キャズム」は利用者数300～500万人くらいのところらしい&lt;br /&gt;-          ＤＶＤ、ＩＳＰ、携帯電話、ＡＤＳＬでは利用者が100万人を超えるまでに数年を要しながら、その翌年には500～800万人に利用者が拡大し、さらにその次の年には1500～2000万人まで一気に普及する、という非常に似通ったカーブを描いている&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-6879583578750240088?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/6879583578750240088/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=6879583578750240088' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6879583578750240088'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6879583578750240088'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/09/911-911-500100-800-300500.html' title=''/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-4979096781527746306</id><published>2007-09-03T00:41:00.001-07:00</published><updated>2007-09-03T00:42:49.500-07:00</updated><title type='text'>読書日記：ヒトデはクモよりなぜ強い</title><content type='html'>9/3　ヒトデはクモよりなぜ強い　オリ・ブラフマン／ロッド・Ａ・ベックストローム&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■エルナン・コルテスはアステカを、フランシスコ・ピサロ率いるスペイン軍はインカ帝国を滅ぼした&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■そのまま快進撃しながら北上したスペイン軍はアパッチ族と対戦し、敗れた&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■スペイン軍がアパッチに敗れた理由は、アパッチの組織の分権構造に起因する&lt;br /&gt;-          アパッチ族が、インカやアステカになかった秘密の武器を持っていたわけではない&lt;br /&gt;-          アステカやインカにはトップダウン・中央集権のシステムがあり、これを破壊する・・・つまりアステカにおけるモンテスマ二世、インカ帝国におけるアタワルパ皇帝を殺すことで大混乱を引き起こし、文明を崩壊させた&lt;br /&gt;-          具体的には、コルテスは当時世界最先端の都市システムを持っていたアステカの首都：テノチティトランに食料を持ち込めないようにし、道路と送水路を遮断し、24万人の住人を餓死させた&lt;br /&gt;-          しかしアパッチにはそのような中央集権のシステムやインフラが無かった&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■アパッチには権力を持つ統治者はいないが、ナンタンと呼ばれる精神的・文化的な指導者がおり、これが行動で規範を示し、それに他人が従うことで一種のコーディネイションが生まれていた&lt;br /&gt;-          ナンタンは権力を持たない&lt;br /&gt;-          市場最も有名なナンタンがアメリカを相手に何十年も部族を守ったジェロニモである&lt;br /&gt;-          ジェロニモは戦いの指揮を執らない・・・ただ武器をもってアメリカと戦う姿勢を見せるだけである・・・それに周りの人が「彼が戦うなら」といってついてった&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■つまりアパッチの意思決定は分散的である・・・これはつまり誰も重要なことを決定していないと言えるが、一方でそこらじゅうで重要なことが決定されているとも言える&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■アパッチは攻撃を受けるとより細かいユニットに分かれてさらに分散度を高める・・・・これはナップスターのようなＰｔｏＰサービスに非常によく似ている&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■クモは頭を切り落とすと死んでしまうが、ヒトデにはアタマが無い・・・そして半分に切り離すとそれは二匹のヒトデになってしまう&lt;br /&gt;-          ヒトデは神経回路網でできているからそういうことが可能&lt;br /&gt;-          リンキアという腕の長いヒトデは、切り落とされた片割れもヒトデになる&lt;br /&gt;-          ヒトデが、全体としての動きをどうコーディネイトしているのか、という点についてはまだわかっていない&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■ヒトデに似た組織は、世の中に結構あってなるほどうまくいっているのが多い&lt;br /&gt;-          たとえばアルコホリックス・アノニマスはオーナーもいないし出入りも自由だが、非常に強力なアル中治療のコミュニティである&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■業界内で分散化の度合いが高まると、通常は業界内に留保される利益は少なくなる&lt;br /&gt;-          ＰｔｏＰサービスによって大手レコード業界は売り上げの25％を失ったが、それがＰｔｏＰサービス業者に入ったわけではない・・・この25％は文字通り、“失われた”のである&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■権限を分散させると混乱が生じるが、一方でそこには創造性も生まれる&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■分散されたネットワークの人々の価値を引き出す人を触媒というが、触媒の人に共通して見られる特徴は「説得しないで共感する」という力の持ち主であるということだ&lt;br /&gt;-          情熱的なのと押しが強いのは違う・・・触媒の人々は人に無理強いするのではなく、肯定することで人を仲間にしていく&lt;br /&gt;-          著名な心理学者のカール・ロジャースは、専門家気取りの助言は、相手のためを思ったものであったとしても逆効果だと警告している・・・強く説得的に言われると、人は心を閉じてしまい、変わろうとしなくなってしまう&lt;br /&gt;-          ロジャースは言う・・・人の態度を変えさせたければ、相手の経験を肯定するのがもっとも効果的であると&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■あいまいさに対して寛容であることは触媒にとって必須の性質である&lt;br /&gt;-          触媒の人にインタビューすると、しばしば「わからない」という返答が来る&lt;br /&gt;-          実際には、わからない、というよりわかりようがない、というのがその答えである&lt;br /&gt;-          わかりようがない状態が通常であるのでこれに秩序を求めたりしてはいけない&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■ヒトデ型組織を攻撃するには、頭を切り離すのではなく、組織の末端が動くインセンティブを取り除くことが有効である&lt;br /&gt;-          ジャミイボラ信託は、ケニアのスラム：キベラで貧困に苦しむ人達用に、自分でビジネスを始める、自己投資をする人たちのための資金提供を行っている&lt;br /&gt;-          この信託によって犯罪やテロに手を染めようとしていた若者がまっとうな人生を歩む道に帰ってきている&lt;br /&gt;-          そして、この仕組みはアルカイダに対する最高の攻撃になっている・・・・スラムは絶望的な場所であり、望みが無いからテロでもやるか、といったように多くのテロリストが生まれてきた・・・しかし今は彼らはテロに手を染めない・・・なぜなら彼らには「希望」があるから&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■アルカイダを壊滅させるためには機関銃ではなく希望が必要なのである&lt;br /&gt;-          アメリカがアルカイダに宣戦布告して軍隊を派遣したのはまったくアルカイダという組織の形質をまったく理解していないから&lt;br /&gt;-          どこにもアタマが無い、どこにも急所が無い組織である以上、どこを攻撃してもアメーバ状に変形するだけで意味が無い&lt;br /&gt;-          それよりも、アルカイダの組織の末端を形成する絶望した若者たちに「希望」を与えることでテロ活動を行うための誘引を失わせしめれば、アルカイダは自然に崩壊する&lt;br /&gt;-          これは貧困を救うのに食べ物を与えるのではなく、食べ物の作り方を教えてあげるのに似ていないか？&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■君たちのやっていることを止めなさい、というお説教を「こんなのクールじゃないよね」といった、ティーンエイジャーのまねをしようとした大人たちから聞くほどいやなことは無い&lt;br /&gt;-          レーガン元大統領夫人の薬物撲滅キャンペーンの「Just say no」も海賊版撲滅ののキャンペーンもみな失敗した&lt;br /&gt;-          何かイデオロギーができてしまったらそれを真正面から変えるのは難しい&lt;br /&gt;-          ではどうやったら変えるのか？&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■アパッチは、長らくスペインやアメリカの攻撃に耐えたにもかかわらず、ある方策によって簡単に崩壊してしまった&lt;br /&gt;-          文化人類学者のトム・ネビンズは解説する「アパッチ族は1914年までずっと脅威だった・・・そこで、アメリカ人はアパッチ族のリーダーであるナンタンに蓄牛を与えて、その社会を崩壊させたのです・・・実に簡単なことでした」&lt;br /&gt;-          いったんナンタンが牛という財産を手に入れると、それまで観念上のものだった彼らのリーダーシップは、物質的な差異・・・持てるものと持たざるものに変化した&lt;br /&gt;-          以前は自らの行動で規範となっていた人物が、蓄牛を分け与えたり、分け与えなかったりすることでアパッチ族の人々に報いたり罰したりするようになった&lt;br /&gt;-          権威的な力を持つとナンタンたちは創設されたアパッチ族内部の議会の議席を争うようになり、米国企業のエグゼクティブのような行動をとり始めた&lt;br /&gt;-          アパッチ族の人々も、より多くの資源配分を要求するようになり思い通りに分配されないと気を悪くしたり、争いが起こるようになった&lt;br /&gt;-          こうして中央集権的な権力構造が生まれた結果、アメリカ社会にアパッチ族は取り込まれることになったのである&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■アルコホリック・アノニマスでも同様のことがおき、組織は変質した&lt;br /&gt;-          アルコホリック・アノニマスでは、それまでの共和制的な運営が、いったん発行した本がベストセラーになって莫大な印税が組織に入るにつれ、その分配をめぐって権力争いが発生し、やがて権力の集中化が起こった・・・&lt;br /&gt;-          これはウィキペディアでも起こる可能性がある        &lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■新しい世界を予測するのはいつも難しい・・・&lt;br /&gt;-          ポール・スターは著書「クリエーション・オブ・ザ・メディア」でこう述べている&lt;br /&gt;-          1917年に権力を握った旧ソ連の支配者は、当時、ほかの多くの国がそうしていたように電話ネットワークに投資することもできた&lt;br /&gt;-          しかし彼らはそうせず、当時登場してきたばかりの別のテクノロジーに力を注いだ・・・それは拡声器である&lt;br /&gt;-          ソ連は国中に電話線を張り巡らせる代わりに、国のいたるところに数え切れないほどの拡声器を設置し、愛国的な歌や共産党の演説を流したいときにすぐさま流したいだけ流せるインフラを作った&lt;br /&gt;-          経済発展のため、知の創発のためには一般個人のコミュニケーションが重要であるにもかかわらず・・・・&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-4979096781527746306?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/4979096781527746306/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=4979096781527746306' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/4979096781527746306'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/4979096781527746306'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/09/blog-post.html' title='読書日記：ヒトデはクモよりなぜ強い'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-8937477484022600231</id><published>2007-08-29T01:09:00.001-07:00</published><updated>2007-08-29T01:11:17.234-07:00</updated><title type='text'>読書日記：歴史家の自画像</title><content type='html'>8/28　歴史家の自画像　阿部謹也&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■昔の人は、今の人とぜんぜん違う&lt;br /&gt;-          時代劇とかは舞台が昔なだけで、現代人のドラマ&lt;br /&gt;-          歴史家が中世とか江戸のものをやろうとすれば、そこでは現代人とまったく違う人が出てくるドラマになる・・・面白そうでしょう&lt;br /&gt;-          ただ、それをやると読者とか視聴者は自分を投影できなくなるので戸惑う&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■ラテラノの公会議は歴史的な事件だ&lt;br /&gt;-          告白をシステム化し、近代的自我の成立を促した&lt;br /&gt;-          フーコーもそう言っている&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■ものを考えるのは一瞬&lt;br /&gt;-          じっと考えるのではない&lt;br /&gt;-          一瞬の密度が大事・・・その密度が薄れてきたらもう研究者としてはダメ&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■三大宗教とローカルの宗教、違いは経典の有無にある&lt;br /&gt;-          経典があることで伝達や解釈が可能になる&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■生活に根ざした習慣から変えないとルールというのは変えられない&lt;br /&gt;-          贈与とか贈答とかが人間関係の基本にある&lt;br /&gt;-          汚職の追放をやる、ということになるんだったらお歳暮・お中元は一切禁止と、それくらいのことをやる覚悟がないと根絶できない&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■日本は西欧文明の受け止め方を失敗した&lt;br /&gt;-          文化というのは特定の地域に生まれ、特定の人間によって担われている・・・不合理なものを含まざるを得ないものだ&lt;br /&gt;-          西欧文化というものは西欧社会の中で、特定の地域において、特定の人間集団によって担われてきた不合理なものを含む、感性に訴えるものとしてわれわれは受け止めず、むしろ普遍的なもの、合理的なものとして受け入れてしまった&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■文化と文明は違う&lt;br /&gt;-          文明は開かれているが文化をよそ者を拒絶する&lt;br /&gt;-          高村光太郎は日本を捨ててパリに行ったけれども、そこで拒絶されてノイローゼになって帰ってきた・・・・漱石もそう&lt;br /&gt;-          日本人だって外国人が源氏物語を研究していると聞くと「大変ですね」とか口では言うけど、内心では「おまえにわかるものか」と吐き捨てている&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■文化が文明になるためには他民族を飲み込まなければいけない&lt;br /&gt;-          日本は他民族を支配した経験がない・・・・朝鮮とか台湾には多少支配を及ぼしたけれども、そのときには日本語とか日本文化を押し付けて、うまくいかなかった&lt;br /&gt;-          本当に永続的に支配しようと思えば、支配する者は支配される者から取り込まなければならない&lt;br /&gt;-          支配するものが変質することによって支配は存続する&lt;br /&gt;-          ローマは、異民族支配をしてきたために文化から文明になった&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■ルネサンス以降の人間は世界を急進的に理解する&lt;br /&gt;-          自分の中にいったん取り込んで理解する&lt;br /&gt;-          中世の人は逆で、自分を世界に投影して理解する&lt;br /&gt;-          その例がたとえば星座である&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■個人の解放を現代的なコンテキストだけで理解するべきではない&lt;br /&gt;-          個人が解放された・・・近代の勝利だ・・・・まことにその通りなのだが、その渦中にあった人たちはずいぶんつらい思いをしている&lt;br /&gt;-          その苦労が実は近代人を生んでいくのだが、中にはそういう自由に耐えられない人も出てくる&lt;br /&gt;-          エーリッヒ・フロムは「自由からの逃走」で、自由のしんどさを描いた・・・&lt;br /&gt;-          このころに本意ではないのに解放されてしまった人はしんどい思いをしたのではないか&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-8937477484022600231?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/8937477484022600231/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=8937477484022600231' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/8937477484022600231'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/8937477484022600231'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/08/blog-post_29.html' title='読書日記：歴史家の自画像'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-6836823630477232327</id><published>2007-08-26T22:19:00.000-07:00</published><updated>2007-08-26T22:21:09.710-07:00</updated><title type='text'>読書日記：生物と無生物のあいだ</title><content type='html'>8/27　生物と無生物のあいだ　福岡伸一&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ムチャクチャ面白かったです。生命科学も、ある程度以上踏み込んで考察するとそこに&lt;br /&gt;美しさがありますね。深みのある本でした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■野口英世は生活破綻者だった&lt;br /&gt;-          結婚詐欺まがいのことを繰り返す&lt;br /&gt;-          支援者や婚約者を裏切り続けた&lt;br /&gt;-          お札になったのは皮肉・・・樋口一葉も人格的にはお札に最も遠い&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■生物が原子に比べてかくも巨大になったのは活動の精度を高めるためである&lt;br /&gt;-          シュレーディンガーは問う、なぜ人間やその他の生命は原子に比べてかくも巨大になったのか？例えば原子100個からなる生命体というのはなぜ存在しないのか？&lt;br /&gt;-          その答えは平方根の法則にある&lt;br /&gt;-          標準から外れて例外的な動きをする粒子は、全体の数の平方根だけ存在する・・・つまり100個の粒子があればルート100・・・10個の粒子は例外的な動きをすることになり、つまり原子100個の生命体があればその一割は全体とは異なる動きをすることになる・・・これは生命体の秩序を維持する上では致命的に高い確率である&lt;br /&gt;-          一方、100万個の原子からなる生命体を考えて見ると、その平方根である1000個の原子が例外的な振る舞いをすることになるが、これは1千／100万になり、つまり0.1％になり格段に下がる&lt;br /&gt;-          実際の生命体は100万どころかその数億倍の原子からなっている・・・生命現象に参加する粒子の数が多くなればなるほど平方根の法則によって誤差率は下がる・・・・これが生命体が原子と比べて際立って大きいことの物理的な理由だとシュレーディンガーは言っているのである&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■成熟した生命体で、成長が殆ど無くなった状態でも摂取された食物は体を構成する要素になっている・・・一年経つと人間も分子レベルではすっかり入れ替わってしまう&lt;br /&gt;-          窒素は原子番号7の元素で原子核には中性子が7個、陽子が7個あってその質量数は14になるが、ごくまれに陽子が8個ある重窒素がある&lt;br /&gt;-          これをネズミに取り込ませてそれがどこに行くのかをチェースしていく&lt;br /&gt;-          当初は大人のネズミであるから体に取り込まれるよりもエネルギーとして燃焼され、排泄物の中に現れるだろうと予測されていた&lt;br /&gt;-          ところが、実際には排泄されてしまったのは3割程度で、残りは内臓や血清に取り込まれていた&lt;br /&gt;-          しかも、より消耗が激しいと思われていた筋肉たんぱく質への取り込みは少なかった&lt;br /&gt;-          つまり「お変わりありませんね」と言ったりするが、一年もあっていないと分子レベルではすっかり入れ替わってしまうのである&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■生命体の特質はエントロピー増大の法則に抗って秩序を維持するところにある&lt;br /&gt;-          エントロピーはカオスに向けて無限に増大する&lt;br /&gt;-          高分子は酸化し、分断される・・・集合体は離散し、反応は乱れる&lt;br /&gt;-          生命体は、やがて崩壊する構成成分をあえて先回りして分解し、このような乱雑さが蓄積する速度よりも速く常に再構築を行うことで秩序を維持している&lt;br /&gt;-          エントロピー増大の法則に抗うにはシステムの耐久性と構造を強化するのではなく、むしろその仕組み自体を流れの中におくことにある・・・つまり「流れ」こそが生物の内部に必然的に発生するエントロピーを排出する機能になっている&lt;br /&gt;-          では、絶え間なく壊されているにも関わらず、秩序はなぜ維持されるのだろうか？なぜ、動的平行は均衡するのか？           &lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■生命体は流れの中にあるジグソーパズルである&lt;br /&gt;-          絶え間ない破壊と秩序維持、この相矛盾するシステムが維持されるポイントは相補性にある&lt;br /&gt;-          ジグソーパズルのピースをなくした人用に、ピースを送ってくれるサービスがある・・・・その際、メーカーにはなくなってしまったピースの周囲8個を送るように支持される・・・・周囲の8個があれば無くなったピースの形が特定されるのである・・・つまり、ピースは手元に無かったとしても相補性のある相方がいれば、そのピースを特定できるのである&lt;br /&gt;-          人間の体もこれと同じで、数兆個からなるピースで出来たジグソーパズルと考えればわかりやすい&lt;br /&gt;-          ピースピースは絶え間なく破壊され、傷ついていく・・・しかしその都度、新しいピースがまた生まれていく・・・生まれるピースはピースそのものに設計図があると考えるより「どこにはまるピースなのか」という側面から生産されていく&lt;br /&gt;-          そしてある時間がたつとすべてのピースが新しいものに入れ替わっていくのである・・・しかし絵柄は以前と変わらない・・・すべてのピースが常時入れ替わっているにも関わらず、すべてが入れ替わった後でも絵柄は変わらないのである・・これが相補性の本質である&lt;br /&gt;·          &lt;br /&gt;■細胞が、過酷な外部から内部を守りながらも分泌物を外部に放出するために「内部に外部」を作っている&lt;br /&gt;-          細胞壁は過酷な外部環境から生命体の内部を守っている&lt;br /&gt;-          しかし、細胞は一方で分泌物を外部に対して放出する機能も担っている&lt;br /&gt;-          この防御しつつ、放出するという機能をまっとうするために、細胞は一度、内部に外部を作り、その内部の外部に分泌物を出してから、徐々にその内部の外部を端っこに寄せて外に放出しているのである&lt;br /&gt;-          細胞をやわらかい風船と考えれば、その風船をへこませて凹みをずっと内部に持っていて、外側のあいた部分を塞ぐと、内部に外部ができることになる・・その段階で分泌を行ってから、再度、それを壁まで持っていくことで、外部からの攻撃リスクを最小化しつつ分泌を行っているのである&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-6836823630477232327?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/6836823630477232327/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=6836823630477232327' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6836823630477232327'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6836823630477232327'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/08/blog-post_26.html' title='読書日記：生物と無生物のあいだ'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-7375425359391036249</id><published>2007-08-22T21:10:00.000-07:00</published><updated>2007-08-22T21:14:10.140-07:00</updated><title type='text'>読書日記：リクルートのＤＮＡ　江副浩正</title><content type='html'>8/23　リクルートのＤＮＡ　江副浩正&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■易径の言葉に「窮すれば変じ、変ずれば通じ、通ずれば久し」という言葉がある&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■リクルートのＤＮＡに「失敗に寛容な会社」というのがある&lt;br /&gt;-          事業撤退のときは盛大にパーティを行い、担当者をねぎらう&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■健全な赤字事業を持つことを良しとしなければいけない&lt;br /&gt;-          事業は永遠ではない・・・今好調の事業もいずれ衰退する&lt;br /&gt;-          そのときのために次の成長の芽を常に持っていなくてはならない&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■人と会うときは出来る限り一人がいい&lt;br /&gt;-          松下幸之助はリクルートのインタビューに一人で出てきて、インタビューチームが5人なのをみて「オタクはえらい儲かってるね」と揶揄された&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■適材適所の見極めが経営の真髄である&lt;br /&gt;-          人には得手不得手がある・・・誰に、どの仕事を、どこまで要望するかが大事やなあ（by松下幸之助）&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■学歴は商売にはジャマ&lt;br /&gt;-          事業アイデアを大学教授に話したら「うまくいかない」といわれ、社内の高卒の研究員に話したら「おもろいからやりましょ」となり、結局うまく行った（by井植歳男）&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■商売に公私混同はだめ&lt;br /&gt;-          自分のスキー場でも金はちゃんと払う&lt;br /&gt;-          労使交渉でもめていた際、社員食堂できちんとお金を払っているところを見た労働組合から自主的に解散したいという話しを受けた（盛岡グランドホテルの再建時のエピソード）&lt;br /&gt;-          不動産をやっていると金で誘惑してくるのが沢山出てくる・・・そういう話に乗るとやがて身を滅ぼす（三井不動産の江戸社長）  &lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■ホンダのために働くのではなく自分のために働く人が欲しい（by本田宗一郎）&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■大賀典夫はトライリンガルだった&lt;br /&gt;-          英語とドイツ語に堪能&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■先生・師と呼べる人を持ちなさい&lt;br /&gt;-          大賀さん、盛田さんにとってはカラヤンが先生だった&lt;br /&gt;-          自分にとってはデザイナーの亀倉雄策氏が先生だった&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■現場に出て判断しろ&lt;br /&gt;-          セブンイレブンの鈴木敏文はセブンイレブンの実験店舗で一年間働き、アメリカのノウハウをそのまま持ってくるのではセブンイレブンはうまく行かない、という判断をした→基本的にフランチャイジーだが直営店を運営して顧客ニーズをキチンと取り込んでいくことをやっていかないとダメ&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■森ビルの成功要因は地権者との共同事業化にある&lt;br /&gt;-          森ビルのナンバービルの殆どは地権者との共同事業である&lt;br /&gt;-          つまり、一人の地権者の反対があっても出来ないため、粘り強い交渉が必要になる&lt;br /&gt;-          アークヒルズ、六本木ヒルズ、表参道ヒルズも権利調整の交渉に20年近く要している&lt;br /&gt;-          森ビルは権利調整の専門家集団としての能力を鍛え上げることで日本有数の&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■就職情報誌のアイデアはアメリカから輸入した&lt;br /&gt;-          新聞への就職広告への斡旋だけではダメだと考え、アメリカの就職情報誌を日本で出来ないかと考えた&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■ことあるごとにモチベーションを高る仕組みを行う&lt;br /&gt;-          リクルートファームで社員でキャンプファイヤーし、夜通し語ることで連帯感を強める&lt;br /&gt;-          目標を達成してハワイに行こうという企画で報われ感・盛り上がり感を醸成する&lt;br /&gt;-          改善アイデアの全国コンテストを行い、出てきたアイデアを即時に経営に繁栄する&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■就職情報の売上は全部書店に上げている&lt;br /&gt;-          広告だけで儲かっているので本の売上は書店にあげても大丈夫&lt;br /&gt;-          そのおかげで取次ぎを使っていないのに置いてくれる店、それも店の一番いい棚に置いてくれる店が増えた&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■事業の開始はボトムアップで、撤退はトップダウンで決めるべき&lt;br /&gt;-          事業を始めた担当者は、事業がどんなに難しい局面になっても「もう少しでよくなる、まだ続けさせて欲しい」といい続ける&lt;br /&gt;-          内心は難しいと思っていても、なかなか止めましょう、とは言い出せない&lt;br /&gt;-          難しい局面が長く続きすぎると人材もモチベーションが低くなって輝きを失う&lt;br /&gt;-          そんなときはトップが撤退を決断し、苦しい思いを背負うべきである&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-7375425359391036249?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/7375425359391036249/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=7375425359391036249' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/7375425359391036249'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/7375425359391036249'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/08/blog-post_22.html' title='読書日記：リクルートのＤＮＡ　江副浩正'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-5884270689894737539</id><published>2007-08-21T20:38:00.000-07:00</published><updated>2007-08-21T20:39:25.901-07:00</updated><title type='text'>読書日記：日本人の足を早くする</title><content type='html'>8/17　日本人の足を早くする　為末大&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■早く走るには「こけそうになるのをこらえる」という意識に変えることが必要&lt;br /&gt;-          こけそうになるのをおさえるという意識で走ると早く走れる&lt;br /&gt;-          ももを高く上げようとか、地面を強くけろうとか意識しないで、体が前に倒れこんでいく力を利用する&lt;br /&gt;-          イメージとしてはスリッパで早く走る、すり足のイメージ&lt;br /&gt;-          黒人とは骨格が違うのだからフォームも違って当たり前&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■一発屋なりの戦い方がある&lt;br /&gt;-          平均して高いアベレージを出すことは日本人には難しい&lt;br /&gt;-          逆に、あえて大きな波を作り反動を付けて求められる日時に最高の結果にもって行く「一発屋」の発想が必要&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-5884270689894737539?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/5884270689894737539/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=5884270689894737539' title='1 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/5884270689894737539'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/5884270689894737539'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/08/blog-post_1812.html' title='読書日記：日本人の足を早くする'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>1</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-6977456478251490185</id><published>2007-08-21T20:35:00.000-07:00</published><updated>2007-08-21T20:38:29.173-07:00</updated><title type='text'>読書日記：「私」のための現代思想</title><content type='html'>8/21　「私」のための現代思想&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■教養とは「自由になるための技術」である&lt;br /&gt;-          上流階級出身者として恥ずかしくない教養を身に付ける、とかいって身に付けられた教養はこけおどしで実際には役に立たない&lt;br /&gt;-          人が自由になる、ということを詳細に吟味検討してきたのは哲学であり、現代思想である&lt;br /&gt;-          自分たちに与えられた武器は思考力であり言語力であり論理力であるからして、これを棄てるのは自由になることを棄てるのと同じおろかな行為である&lt;br /&gt;-          これら以外の武器が無い以上、それがどんなに貧弱でもこれで戦っていくしかない&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■キリスト今日では自殺が罪になっているが、これは6世紀以降のことである&lt;br /&gt;-          初期のキリスト教では自殺が礼賛されていた&lt;br /&gt;-          アウグスティヌスはこれを禁じたが依拠しているのは聖書ではなくプラトンの「パイドン」である&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■原始キリスト教の精神を丁寧に解いたのはトルストイやスピノザである&lt;br /&gt;-          トルストイは要約福音書でキリストの言葉を語ったが、これはニーチェの非難の対象となるようなものではない&lt;br /&gt;-          スピノザがエチカで解いたのも似たような概念である&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■論理は無限後退する・・・その最後の礎に神があるわけだがニーチェはそれを問題視した&lt;br /&gt;-          Ａは正しい、なぜならＢだからだ、となるとＢはなぜ成立するか、なぜならＣだからだ、Ｃはなぜ成立するか・・・といった形で無限後退する・・・最後に、それは神の意思だからだ、とすることで無限後退を終わらせられる&lt;br /&gt;-          現代ではこの神の意思の変わりに科学的な事実がおかれている&lt;br /&gt;-          意味など存在しない、という否定ではなく、これまであると考えられてきた意味が存在しない、ということが認識された・・・これがニヒリズムである&lt;br /&gt;-          つまりニヒリズムとは「何も信じない」という意味ではなく、本来信じていたいものが無いのだとわかった状態である、とニーチェは分析した&lt;br /&gt;-          ニーチェが「神は死んだ」という言葉は、絶対者としての神の位置に、科学的な真理が取って代わったということを意味している&lt;br /&gt;-          神に取って代わって科学的真理がおかれたとしても、絶対的に正しい何者か、という枠組みが失われたわけではない・・・つまり科学的な真理自体もキリスト教の枠組み・・・絶対的に正しい何者かがすべての礎になるという枠組みの中に取り込まれている&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■この社会に適応できない人こそ、この社会を変える変革者なのかも知れない&lt;br /&gt;-          この世が健康体で理想郷だと思っている人は一人もいない&lt;br /&gt;-          この社会に適応している人ばかりになってしまったら、世界をよりよい社会にすることはできない&lt;br /&gt;-          適応できていない人の方が変革者になれる可能性がある&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■枠から出るためには、与えられた問いに対する疑義がポイントになる&lt;br /&gt;-          うんこ味のカレーとカレー味のうんこ、どちらを食べると聞かれたら、どちらもｙダ、と応えるのが正解である&lt;br /&gt;-          どちらか食べなければいけない、とされるなら、それを強制する誰かを殺す、というのが正解である&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■自殺が禁止された理由は財産権の侵害という側面から説明できる&lt;br /&gt;-          奴隷が死ぬと主人の財産が減る&lt;br /&gt;-          兵隊が自殺すると兵力が減る&lt;br /&gt;-          普通の人も神の僕であるからして、僕が勝手に命を処分してはならない&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■ドイツの哲学者ハイデガーは世界劇場という概念を通じて、現存在＝私たちそのものと、役柄は異なっていると考えた&lt;br /&gt;-          役柄のことを心理学では仮面という意味の言葉としてペルソナと呼ぶ&lt;br /&gt;-          人格＝personalityはこのペルソナからきている&lt;br /&gt;-          役割を演ずるために世界に投げ出されるのをハイデガーは企投と呼んだ&lt;br /&gt;-          企投された人物が役柄に埋没していくのを耽落＝Verfallenと読んだ&lt;br /&gt;-          六本木のディスコ、ヴェルファーレの名づけ親はこれを知っていたのかも&lt;br /&gt;-          そのうち、役柄を演じている耽落した自分と、本来の自分を、人は区別できなくなってくる&lt;br /&gt;-          多くの人は劇場の舞台の上では大根役者であり、役柄を演じているのに四苦八苦している一方で、役になりきって演じている人を喝采しつつも「ああはなりたくはないね」という態度も取ってしまう&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■この世界を健全に生きていくためには「役柄」を演じていることを意識しつつ、演じ続けるしかない&lt;br /&gt;-          世界劇場の舞台がイヤだったら1：舞台を降りる、2：演技をウマくする、3：役を変える、の3つしかない&lt;br /&gt;-          1は死ぬということだし、2、3は出来れば苦労しない&lt;br /&gt;-          ということで、大根役者をやり続けなくてはならないのだが、一方で「これは役を演じているに過ぎない」と意識することで気にしなくなる&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■世界を変えていくパワーを持っているのは大根役者である&lt;br /&gt;-          この世界は理想郷でも健康体でもない・・・つまり世界劇場ということで言えばゼンゼンだめな脚本である&lt;br /&gt;-          花形役者は脚本を変えるインセンティブを持っていない&lt;br /&gt;-          この脚本自体を変えていこうという誘引を持っているのは大根役者である&lt;br /&gt;          &lt;br /&gt;■この世界の中に居残りながらも耽落せずに、いかに内部から世界をよりよい世界に変えていけるか、これが最大の課題である&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-6977456478251490185?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/6977456478251490185/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=6977456478251490185' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6977456478251490185'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6977456478251490185'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/08/blog-post_21.html' title='読書日記：「私」のための現代思想'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-1266604263244658489</id><published>2007-08-16T19:59:00.000-07:00</published><updated>2007-08-16T20:07:01.813-07:00</updated><title type='text'>読書日記：世界文学を読みほどく　池澤夏樹</title><content type='html'>作家の池澤夏樹が世界文学の古典から現代作品を取り上げて、その解析を行った京都大学での講義を本にしたもの。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;取り上げられている作品は&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;スタンダール　パルムの僧院&lt;br /&gt;ドストエフスキー　カラマーゾフの兄弟&lt;br /&gt;トルストイ　アンナカレーニナ&lt;br /&gt;メルヴィル　白鯨&lt;br /&gt;ジョイス　ユリシーズ&lt;br /&gt;マン　魔の山&lt;br /&gt;ガルシアマルケス　百年の孤独　&lt;br /&gt;マークトウェイン　ハックルベリ・フィンの冒険　等　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これらのうちの一つも読んだことがなかったのだが、ストーリーが簡潔に説明されているのでどんな話かはわかる。しかし、これを読んだからと言って本作を呼んでみようという気には、正直ならなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;世界的な名作のストーリーが簡潔に学べるというよりも、小説というものに対する向き合い方、文学を楽しむときのスタンスの取り方を学べる、というのが本書のよさではないかと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;考えて見ると小説って、ストーリーそのものは非常に単純だったりする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えばアンナカレーニナというのは、貴族の若奥さんが若い軍人と恋仲になって家出して二人で暮らし始めるが結局はウマく行かなくて最後には列車に飛び込んで轢死する、というまあたわいもない話なのであるが、それをストーリーの面白さとして求めてしまうと結構苦しいので、まあその他のポイントから楽しむということなのですが、それが小説の楽しみ方なのだな、と思った次第です。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-1266604263244658489?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/1266604263244658489/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=1266604263244658489' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/1266604263244658489'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/1266604263244658489'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/08/blog-post_4471.html' title='読書日記：世界文学を読みほどく　池澤夏樹'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-6080857795497284399</id><published>2007-08-16T02:29:00.000-07:00</published><updated>2007-08-16T02:37:03.117-07:00</updated><title type='text'>読書日記：アンダースロー論　渡辺俊介</title><content type='html'>渡辺投手のアンダースロー論を読了した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アンダースローとは、野球の投手のスタイルでいわゆる下手投げのことである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;野球狂の詩の水原勇気を思い出すかも知れないけどあれはソフトボール投げで下手投げではない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ボクは野球選手の書いた本が好きで最近だと「不動心」とか「和田の130キロは何故打てないのか」とか「巨人論」とか読んでいる。野球も一種の競争なので戦略コンサルティングのヒントがあるかも知れないと思って何となく手にしてしまうんだと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;で、読んでみてどうだったかというと、正直経営戦略に活かせる部分は少なかったのですが、先日の松井の本を読んだときにも思ったのですが、この渡辺投手という人も、もう考えて考えて考え抜いて自分のピッチングのあり方、トレーニングの仕方、試合に向けたコンディションの整え方を磨き上げているな、という感じで、ある種才能の無いことを思考でカバーしているな、という気がした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日常生活の中でのちょっとした心がけで、自分が極めたいと思っている道の進歩が得られる、ということを常に考えて実践しているという感じでしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちょっと見習ってみたいと思います。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-6080857795497284399?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/6080857795497284399/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=6080857795497284399' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6080857795497284399'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6080857795497284399'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/08/blog-post_16.html' title='読書日記：アンダースロー論　渡辺俊介'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-2329715436166024767</id><published>2007-08-15T19:49:00.000-07:00</published><updated>2007-08-15T19:57:51.527-07:00</updated><title type='text'>読書日記：なぜ安くしても売れないのか？　＋同期との会食</title><content type='html'>電通時代の同期二人と会食。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一人は四半期に一度は必ず会ってご飯を食べるＭ君。ＩＮＳＥＡＤとＬＳＥで両方修士を出ている俊才。ずっとコンサルティングファームへ誘っているのだが未だに電通でプランナーを続けている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もう一人は現在コロンビアのビジネススクールに行っているが夏休みで戻ってきていてマッキンゼーでサマーインターン中。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ドンゾコまで飲んでしまった・・・・&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なぜ安くしても売れないのか？を読了。&lt;br /&gt;いま担当している大手外食チェーンの建て直しプロジェクトに、非常に示唆があった。要するに中途半端なポジションだと負けるよ、という本。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ポイントは、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;1：消費は二極化しており、中間層の企業は今後戦略転換を強いられる&lt;br /&gt;＝消費者が二極化しているのではなく、同じ消費者がハイエンドとローエンドの消費を行うようになってきている&lt;br /&gt;＝クラフトチーズの事例→stuck in the middle&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;2：なぜ安くしても売れないかというと、消費者はただ単に価格だけを購買意思決定の基準にしているわけではないからである&lt;br /&gt;＝消費者が購入の意思決定を行うためのポイントは価格＋技術＋性能＋刺激＋顧客接点の質＋感情面である&lt;br /&gt;＝こういったポイントを実際に知るためには消費の現場まで赴いて声を聞かないとダメダ&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;3：倹約も度を越すと快感になる&lt;br /&gt;＝つまり主婦の場合は倹約の快感と家族への投資の快感が消費のドライバーになる・・・均衡点でないところがミソ&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;4：消費はアンバランスで不整合である&lt;br /&gt;＝例えば住宅ローンでキュウキュウしている家の主人がポーカーやゴルフにポーンとお金を出す&lt;br /&gt;＝外食もミネラルウォーターも敬遠するサラリーマンが高級ブランドの財布をポーンと買う&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;5：勝つためには「ワンランク上」か「ワンランク下」を志向する必要がある&lt;br /&gt;＝ワンランク下で勝つためには、中途半端でない低価格で基本機能を満たしながら、同時に信頼性が求められる&lt;br /&gt;＝ワンランク上で勝つには消費者に満足度を与えるプレミアムが必要だが、非常に難しい&lt;br /&gt;＝どちらにしても中途半端はダメ・・・価格をちょっといじるだけでなく、ＶＣ全体に変革が必要。そのためには勇気がもって断行することが求められる&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;6：その両方を嗜好して成功している企業もいくつかある&lt;br /&gt;＝マリオットはブルガリホテルとマリオットを両立&lt;br /&gt;＝リグリー&lt;br /&gt;＝トヨタ&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-2329715436166024767?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/2329715436166024767/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=2329715436166024767' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/2329715436166024767'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/2329715436166024767'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/08/blog-post_8092.html' title='読書日記：なぜ安くしても売れないのか？　＋同期との会食'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-2814678817446977242</id><published>2007-08-15T04:00:00.000-07:00</published><updated>2007-08-15T04:27:46.731-07:00</updated><title type='text'>読書日記：経済大国興亡史　下巻　ポール・ケネディ</title><content type='html'>経済大国興亡史　下巻　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;眠くなる本だけどなんとか下巻のみ読了。面白いんだけど書き方が回りくどくて・・・&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ポイントは・・・&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;1：アルフレッドマーシャルは著書「経済学原理」において「自然は跳躍せず」と訴えている&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;2：イギリスにおいて産業革命があったかなかったは歴史学者の間で議論のあるところであるが、1766年から1825年の60年間の間に、特許数が2000％を超える増大を示したことは注目に価する&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;3：すべての特許が同等の重要性を持っていたわけではないが、アルバート・ハーシュマンが「リンケージ」という概念を用いて説明したように、技術は単体それ自体をとってみて重要性を云々するよりも、その技術が他の技術に及ぼす影響を鑑みて検討する必要がある&lt;br /&gt;＝縦糸→横糸→縦横糸&lt;br /&gt;＝蒸気機関の発明→石炭需要の増加→坑道の深堀→汲み上げポンプ需要の増加、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;4：産業革命時代の発明家の殆どが幾人かの科学者を除けば殆どアマチュアあであった&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;5：衰退の一つの兆候として過去の技術への拘泥・イノベーションの忌避がある&lt;br /&gt;＝例えば苛性ソーダ生産に関して、新方式の生産に切り替えることで明らかに利益が増大することがわかっているのに時代遅れの製法に執着していた&lt;br /&gt;＝また造船業では様々な既得権益者による新技術導入への抵抗が見られる&lt;br /&gt;＝蒸気機関で成功した熟練工によるディーゼルへの切り替えに対する抵抗&lt;br /&gt;＝造船工のボイラー工に対する抵抗（ボイラー工→甲鉄船、造船工→木造船）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-2814678817446977242?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/2814678817446977242/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=2814678817446977242' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/2814678817446977242'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/2814678817446977242'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/08/blog-post_7325.html' title='読書日記：経済大国興亡史　下巻　ポール・ケネディ'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-3313193802154595968</id><published>2007-08-15T03:29:00.000-07:00</published><updated>2007-08-15T03:34:24.172-07:00</updated><title type='text'>読書日記：組織変革のビジョン　金井壽宏</title><content type='html'>組織変革のビジョンを読了&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アマゾンのレビューで高評価だったので読んでみたが面白かった。&lt;br /&gt;金井先生は学者なので通常のビジネスマンや経営者とは切り込む角度が違う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ポイントは、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;1：何かを新たに始める、ということは同時に終わらせる、ということでもある&lt;br /&gt;＝ウィリアム・ブリッジスは臨床家として、一見すると開始に見える問題というのは、実はきちんと終焉できていないというのが問題だと指摘している&lt;br /&gt;＝変化には「終焉」「中立」「開始」の3ステップが必要である&lt;br /&gt;＝失恋した後ですぐに別の人と付き合い始めたがうまくいかない、というのはこの問題である&lt;br /&gt;＝AT&amp;T分割の際、社長は新しいAT&amp;amp;Tをアピールしたがなかなか変わらなかったのは、多くの人にとって「以前のAT&amp;T」が終焉していなかった・・・昔は良かった、またあの感じに戻りたい、という気持ちにケリをつけられなかった、というの理由である&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;2：例え優秀な人であっても、複数集まると一人で行う判断より、かえって品質の低い意思決定をしてしまうことがある・・・これを集団浅慮という&lt;br /&gt;＝自集団への過剰な自信&lt;br /&gt;＝集団以外へ耳を貸さない閉鎖性&lt;br /&gt;＝同調への圧力&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;3：集団浅慮は凝集性の高い集団で発生し易い・・要するに結束力の強い集団だと過ちを犯し易い&lt;br /&gt;＝ちなみにスタンリー・シーショアは集団の凝集性／結束力と集団のパフォーマンスには相関がないことを証明している&lt;br /&gt;＝カギは集団の規範にある・・・手抜きが規範になると結束力の強さとパフォーマンスが逆相関になる・・・一種の談合&lt;br /&gt;＝つまり頑張る／成果を追及するという集団規範とセットになって初めて凝集性／団結力はパフォーマンスに結びつく&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;4：何度やっても失敗、というのを繰り返すと人は「学習性無気力」に陥る&lt;br /&gt;＝M.セリグマンの理論&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;5：危機感をあおれば組織が変わる、変革がウマく行く、というものでもない&lt;br /&gt;＝人は緊張のレベルが上がるとパフォーマンスをが上がるが、緊張のレベルがある一定量を超えるとパフォーマンスは低下してしまう&lt;br /&gt;＝脅威が大きくなりすぎると硬直してしまう・・これを脅威→硬直性仮説という&lt;br /&gt;＝これをヤーキーズ＝ドットソンの法則という&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;6：地図・チャートがある、というだけで人は勇気付けられる&lt;br /&gt;＝ハンガリー軍の雪中演習の際の遭難で用いられたのは実際にはピレネーの地図だった&lt;br /&gt;＝地図がある、という希望そのものが前向きの努力と忍耐を生んだと考えられる&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-3313193802154595968?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/3313193802154595968/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=3313193802154595968' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/3313193802154595968'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/3313193802154595968'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/08/blog-post_15.html' title='読書日記：組織変革のビジョン　金井壽宏'/><author><name>山口周</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01750543564518372562</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4191192214018185604.post-6471941281570638625</id><published>2007-08-15T03:21:00.000-07:00</published><updated>2007-08-15T03:28:30.686-07:00</updated><title type='text'>読書日記：不動心　松井秀喜</title><content type='html'>松井秀喜の不動心を読了。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;素直に尊敬すべき人物だと思った。いろいろと見習うべきポイントがあるよい本です。2時間くらいで読めるのではないでしょうか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ポイントは&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;１：何か悪いことがあれば常にそこから学び取れることはある&lt;br /&gt;＝生きる力とはそもそも成功を続ける力ではなく困難を乗り越える力である&lt;br /&gt;＝大事なのはその時点その時点で前向きに何ができるかを考え、行動すること&lt;br /&gt;＝ リハビリはウソをつかない　by長嶋茂雄&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;２： 自分が所属している組織に誇りを持て&lt;br /&gt;＝ヤンキースの一員になれて幸せだった　byジョー・ディマジオ&lt;br /&gt;＝自分が所属している組織に誇りを持っている友人ほど活躍している&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;3：つらいこと悲しいことがあっても口に出して言わない・態度に出さない&lt;br /&gt;＝あー失敗した～という言葉に自分自身が引っ張られる&lt;br /&gt;＝怒ることがあってもバットを投げたりしない・・・そうすることで心を乱さない、心が乱れるとバッティングが乱れる&lt;br /&gt;＝王選手は敬遠にあってもバットをそっと置いていた&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;4：心が大事である&lt;br /&gt;＝こころが変われば行動が変わる、行動が変われば習慣が変わる、習慣が変われば人格が変わる、人格が変われば運命が変わる&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;5：虚心坦懐に自分の強みを考え、競争環境に応じて自分の強みを再設定する&lt;br /&gt;＝日本ではホームランバッターだった松井はアメリカではホームランバッターたらんとはしていない&lt;br /&gt;＝無理に大リーガーと戦ってホームランバッターたらんとしていたらスイングが崩れてしまう&lt;br /&gt;＝むしろ、日本人のよさ、日本野球のよさ、自分の体格やバッティングスタイルを考えなおすことで、大リーガーと差別化できる部分を再設定すべき&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;6：悪いときには悪いことを忘れるよりも、悪さの要因に向き合うべき&lt;br /&gt;＝アメリカでホームランが打てなかったとき「そのうち打てるようになるさ」と考えたら今の自分は無い&lt;br /&gt;＝クヨクヨするのではなく、悪さに正面から向き合ってこれの解決を図ることが肝要である&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4191192214018185604-6471941281570638625?l=artsandscience-mathew.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/feeds/6471941281570638625/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4191192214018185604&amp;postID=6471941281570638625' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6471941281570638625'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4191192214018185604/posts/default/6471941281570638625'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://artsandscience-mathew.blogspot.com/2007/08/blog-post.html' 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