2009年2月11日
福祉国家の闘い 武田龍夫
最近、日本が進むべき方向性の一つとして北欧諸国の社会モデルが参照できるのではないかと思って、いくつかの本をパラパラと読み進めています。まだ、数冊程度しか目を通していないのだけど、現時点での印象は「マスコミを通じて喧伝されている北欧諸国の理想国家的イメージは、かつてのソ連のそれに対して朝日新聞が行ったプロパガンダと同じだな」というもので、ちょっと落ち込んでいます。
そういう状態で、今日、JBIC(国際協力銀行)において排出権取引のインフラ作りをしている友人と一緒に長い昼食を取ったのですが、その際に僕が「でもスウェーデンって90年代に原発は全廃するって決めて、で火力発電に依存せざるを得なくなるけどCO2排出量は増やさない・・・じゃあ経済成長は捨てるのか、というと、これはこれで追及する、という無理難題を掲げて国全体で何とか推進しているんだから、スゴイよね」という話をしたところ、「ああ、それ、昨日ちょうど発表されましたけど、スウェーデンも原発の全廃やめることになったんですよ」とのこと・・・驚愕。実は原発廃止先進国のドイツでも1998年に原発をなるべく早期に全廃する、ということで議会の合意が成立しているのですが、実質的にはこの計画も崩壊していて原発の稼動を高める方向で行政は調整に入っているのだそうです。但し、ドイツでは緑の党が議席を結構取っているので、調整が難航しているらしい。
要するに、CO2の排出をなるべく減らす、という京都議定書が発効になって段階で、火力発電に頼れなくなったということらしいのです。その友人はJBICの前職が東京電力なのですが、曰く「先進国で原発を使わない限り、CO2の排出を減らすのは絶対に不可能」ということでした。僕も「プラントで生産されるエネルギーのうち、末端までデリバリーされるエネルギー総量の歩留まりを改善する、ということは考えられないの?」という質問をしてみたのですが、この点についても「既に日本ではこの歩留まりは96%程度であって、大きな改善インパクトを期待できない」とのこと。また、他の自然エネルギーに関しては、「日本全土に太陽光パネルを敷き詰めても、東京都で必要とされるエネルギーすらまかなえない状況」ということでした。なんだか難しいらしいのです。
音楽家の坂本龍一は「原発は廃止せよ」と言う一方で「CO2は減らせ」と騒いでいますが、その友人に言わせると「専門家は殆ど聞いてないです。ハァ?っていう感じですね」とのこと。やっぱりそうか。
ということで、若干ヨーロッパモデル、北欧モデルに対する幻想が僕自身の中で崩れていくここ数週間です。
■女性の社会進出⇔家庭崩壊⇔高額の税金は表裏一体の関係
- ルンド大学の教授:ポールソン女史は言う
- 昔の大家族は老人や病人、職のない家族の面倒を見てきた
- スウェーデン女性たちが家の外で働くようになり、生産に寄与するようになったが、その家の中の仕事は消えない・・・それは誰か他の人々、つまり公的機関が引き受けることになった
- こうして結果的には公平で平等な社会を作り上げられた
- しかし、実際に女性たちを待っていた労働市場は賃金給与も低く狭い市場であり、そのために社会福祉国家は伝統的な家庭支出をかたがわりしているが、それは公的支出の7割にも達し、スウェーデンの総所得の半分になっている
- 率直に言って、家庭を崩壊させたコストは高くついたといわざるを得ない
■経済成長なくして福祉はない
- なぜスウェーデン型福祉が行き詰ったか
- 理由としては、人口構造の変化、福祉公的部門の肥大化、福祉官僚主義の弊害の表面化、福祉そのものが生み出す悪徳や利権、といった点が挙げられる
- 福祉は大変なコストがかかり、自律的に拡大運動を続けるため、経済成長がないと福祉を維持できなくなる
- 80年代に入ってすぐ、スウェーデンの公的部門の支出はGDPの60%を占め(50年代は30%程度)、170万人の雇用を集めるに至った(スウェーデンの労働人口は410万人!!!)
■国民全体が豊かな中産階級
- 殆どの国民が別荘、モーターボートを保有
- 年間の夏休みは一ヶ月が標準的
- 日本よりも広い国土に890万人の人口でかつ高品位な鉱物資源が無尽蔵にあり、水力も豊富で、国土全体は森林に覆われている・・・加えて民度の高い優秀な国民・・・・基礎体力としての国力が日本とは異なる
■ 一方でネオファシズム的な側面も存在
- サルトルは、スウェーデンをネオファシズムの国として、非常に危険視していた
- 事実、あまり知られていないが1934年から1976年までの間に、強制断種、不妊手術が、6万人以上のジプシーやラップ(スカンジナビア半島北部の少数民族)民族、身体障害者等を対象に行われていた
- 但し、この問題でスウェーデンを責めるのは簡単だが、当時はノルウェーでもデンマークでもスイスでも・・・・つまり広く一般に「当然」と考えられていたことを我々は忘れてはならない
■中立とは武力で勝ち取るものである
- スウェーデンは、1813年のナポレオン戦争以来、現在まで180年以上もの中立を守り抜いた世界でも類例のない国である
- クリミア戦争でもスレスウィッヒ戦争でも第一次大戦でも第二次大戦でも、その後の冷戦でも一貫して中立を維持してきた
- 一方で、スウェーデンでも、またスイスもそうだが、国民皆兵の徴兵制度があり、また国力に不相応なほどの重武装国防力を有している
- (そういえば、SAABは日本では自動車メーカーとして有名だけど、もともとは航空機メーカーで、スウェーデン空軍の戦闘機はSAAB製であることを思い出したりする。国が膨大な軍事費を使うことで、購入国が一国でも戦闘機を作るだけのスケールを維持できるということなのかも知れない)
■ノーベル賞は外交の武器でもアリ、一種の輸出産業である
- 選考には従来から非常に問題があると言われている
- 特にヒドイのが文学賞で、イプセン、ゾラ、トルストイ、リルケ、カフカ、ジョイス、グリーン、プルースト、ストリンドベルイ、志賀直哉、谷崎潤一郎、三島由紀夫、井上靖らが受賞していない一方で、受賞者を並べてみると???の印象をぬぐえない
- 平和賞は完全に政治のツールになっており、もっとひどい・・・・キッシンジャーもサハロフもアラファトも佐藤栄作も選考委員会で対立が起こり、アラファトでは激論の末にノーベル賞選考委員の辞任という事態まで発生した
- 人道的なもの、例えばシュバイツァーやマザーテレサ、アムネスティ・インターナショナルや国境無き医師団の際にはあまり異論が無いが、では例えばガンジーはなぜ受賞しなかったのか、不思議に思わないだろうか?答えは単純でイギリス政府に遠慮したから
■ 将来に不安のない福祉国家だからと言って幸福ではない
- 例えばスウェーデンの自殺率は10万人当り20人程度で、欧州の国としては平均的(旧東欧諸国はおしなべて高く、例えばルーマニアは10万人当り70人程度)
- 犯罪も多い・・・しかも一人当たりGDPが高まるにつれて犯罪率は高まっている!!
- 例えば刑事犯罪のここ数年の平均は日本が大体170万件であるのに対して、スウェーデンは100万件だが、スウェーデンの人口は日本の6%程度でしかない
- 強姦事件は日本の20倍以上、強盗は100倍以上で実にアブナイ国
■ スウェーデンの女性は怒っており、それが男性のタイヘンなストレスになっている
- スウェーデン女性は美しい・・・女優みたいなのがそこら中にゴロゴロいる
- グレタ・ガルボやイングリッド・バーグマンもスウェーデン女性で、要するに八頭身の西洋人形みたいのがそこら中にいる、と考えればいい
- 米国の心理学会では、一般的にスウェーデンが固有的に示す病理的な側面の原因は女性の強さにある、と言われている・・・・心理学用語の「男性的抗議」が強く出ているのである
- 独立願望が強く、依存を嫌う。情緒面で不安定で荒廃し、しかも理想とする男性を自分で育てるという考え方を持たない。利己的で冷淡で永遠に欲求不満(為念:すごい書きぶりだが僕の意見ではありません)
- だから、日本人女性と結婚したスウェーデン男性たちの特集が雑誌で組まれ「彼女たちはここまで夫に尽くしてくれる、耳かきもしてくれる」というオノロケ記事が出た際に、女性団体から雑誌社に抗議が殺到した・・・曰く「日本人女性は世界の女性解放の敵だ、我々は奴隷が主人に感じる愛情を否定する!」
- つまり、ストリンドベルイを生んだ国ということである
■結果として社会進出は、「一応している」と言うべきで、実際にはまやかしの面もある
- 数字で見る限り、スウェーデン女性の社会進出は世界一である
- 国会議員の約4割が女性(EU平均は2割程度)
- 1999年秋に組閣したペアソン内閣は女性閣僚の方が多かった
- しかし、こういった数字の下で、本当に女性が社会的に慈しまれているかどうか、という点では疑問である
- 例えば家庭の中における女性の位置づけは、日本より遥かに低い上、夫に比較して所得も低いために、つねに劣等感に苛まれている
- また労働率が女性の社会進出率が80%と言われて喧伝されるが、約半分はパートである
- 政治家への進出もクオタ制による割り当て選挙のおかげであり、要するに実力で勝ち取ったものではない、という後ろめたさが常に付きまとっている・・・・男性が実権を握っている政府の中で、うるさい女性を黙らせるために制度を少しイジって満足させる、という戦略が見えてくる
- 結果的に、女性の社会進出は大きく偏向しており、職種は特定部門の20種類程度に集中している一方で、男性の職種は160種程度に広く分散している
- また経済・金融・産業界の女性トップは一人もいない
- 結論から言えば、スウェーデン女性の社会進出は、まやかしの表面的なものでしかない
Wednesday, February 11, 2009
Thursday, February 5, 2009
マーレイの言葉に思うこと
2009年2月6日
あのアイルトン・セナも在籍していたF1チーム:マクラーレンのテクニカル・ディレクターとして一時代を築いたデザイナーでゴードン・マーレイという人がいます。この人、F1マシンの底から強制的に空気を吸い出して負圧を生み出し、地面に車体をへばりつけるコンセプト=「ファンカー」を作ったり、極端に空力を優先してドライバーを仰向けに寝そべらせる様なマシンをデザインしたりとアノテコノテの素っ頓狂なアイデアを実行し、しかもそういったアイデアで開発された車が実際に早かった、という素晴らしいデザイナーなのですが、その彼が先日、あるインタビューで「20年前はアイデアがひらめいてそれを実験するとラップタイムが5秒とかポンッと上がったものだ。今はナンですか?物理的に収斂してしまって風洞実験を18時間行って0.5秒の改善?そんなことに人生を費やすのなら私は家でロックを聴いて寝ていますよ」と応えていました(マーレイは故ジョージ・ハリスンとも親交が深かった生粋のロックファンで自宅には数千枚のレコードを隠し持っている由)。
この言葉に、ここ2年ほどずっと引っ掛かっています。
18時間風洞実験をして0.5秒しかラップタイムが改善しない。このバカバカしい取り組みに関係者はそれこそ粉骨砕身で打ち込んでいるわけですが、今、こういったバカバカしさは先進国の経済活動の殆どを覆っているように思います。ハーバード大学のクリステンセンが指摘した「イノベーションのジレンマ」もそうですが、要するに、受益者にとってどうでもいいくらいのマージナルな進化しか期待できないことに、人類の英知や才能が膨大に注ぎ込まれている、ということです。
しかし、一方で、市場原理はそのマージナルな差を精密にスキャンして、敗者には市場からの退場を迫ります。この点の残酷さは0.01秒でも遅ければ敗者となるF1と変わりません。従って、今現在のシステムに我々の社会を乗せている限りは、このバカバカしさから逃れることは出来ないように思えるのです。
そして、その集団としてのバカバカしい取り組みの結果、20世紀という時代が千年後に何を残せたのだろうか、ということを考えると、このようなバカバカしさに、21世紀も人類が邁進する、ということは、これは非常に愚鈍ではないのか、という気がしてしょうがないのです。どうするか?マーレイの様にロックを聴いて寝る、というのもありなのかも知れません。
仕事中なので、ちょっと中断してまた考えます。
あのアイルトン・セナも在籍していたF1チーム:マクラーレンのテクニカル・ディレクターとして一時代を築いたデザイナーでゴードン・マーレイという人がいます。この人、F1マシンの底から強制的に空気を吸い出して負圧を生み出し、地面に車体をへばりつけるコンセプト=「ファンカー」を作ったり、極端に空力を優先してドライバーを仰向けに寝そべらせる様なマシンをデザインしたりとアノテコノテの素っ頓狂なアイデアを実行し、しかもそういったアイデアで開発された車が実際に早かった、という素晴らしいデザイナーなのですが、その彼が先日、あるインタビューで「20年前はアイデアがひらめいてそれを実験するとラップタイムが5秒とかポンッと上がったものだ。今はナンですか?物理的に収斂してしまって風洞実験を18時間行って0.5秒の改善?そんなことに人生を費やすのなら私は家でロックを聴いて寝ていますよ」と応えていました(マーレイは故ジョージ・ハリスンとも親交が深かった生粋のロックファンで自宅には数千枚のレコードを隠し持っている由)。
この言葉に、ここ2年ほどずっと引っ掛かっています。
18時間風洞実験をして0.5秒しかラップタイムが改善しない。このバカバカしい取り組みに関係者はそれこそ粉骨砕身で打ち込んでいるわけですが、今、こういったバカバカしさは先進国の経済活動の殆どを覆っているように思います。ハーバード大学のクリステンセンが指摘した「イノベーションのジレンマ」もそうですが、要するに、受益者にとってどうでもいいくらいのマージナルな進化しか期待できないことに、人類の英知や才能が膨大に注ぎ込まれている、ということです。
しかし、一方で、市場原理はそのマージナルな差を精密にスキャンして、敗者には市場からの退場を迫ります。この点の残酷さは0.01秒でも遅ければ敗者となるF1と変わりません。従って、今現在のシステムに我々の社会を乗せている限りは、このバカバカしさから逃れることは出来ないように思えるのです。
そして、その集団としてのバカバカしい取り組みの結果、20世紀という時代が千年後に何を残せたのだろうか、ということを考えると、このようなバカバカしさに、21世紀も人類が邁進する、ということは、これは非常に愚鈍ではないのか、という気がしてしょうがないのです。どうするか?マーレイの様にロックを聴いて寝る、というのもありなのかも知れません。
仕事中なので、ちょっと中断してまた考えます。
Wednesday, February 4, 2009
この世で一番ハラたつこと
最近よく出会うのだが、たまにトイレで手を洗おうとしてセンサーに手をかざしても、なかなか反応しない蛇口がある。
これほどハラの立つものはない。
先日などは、さんざっぱら手をブラブラやって、やっとこさ水が出た後、今度は洗った手を乾かそうと思って、やはりセンサー式の ドライヤーに手をかざしたら、これも反応しない!
後ろに人もいるため、狼狽しつつも、手を濡らしたまま出るのもヤなので、なかなか反応しない機械に手を突っ込んで、後ろの人に卑屈な笑みで「へへへ~すいません」と言いながら、手をブラブラ上下させる、という行動は個人の尊厳を崩壊させるギリギリの線上にある。なぜ僕がこんなクサレドライヤーのために、こんな屈辱を味わあねばならないのか。
最近、こういったお節介系のサービスによる怒り、というのが多くなっている気がする。
例えばエレベーター。「6階です」とか「ドアが閉まります」とかしゃべるヤツがある。静かさは贅沢なのに、私の静かさは貴方の全く無意味なアナウンスで台無しにされている、と感じてしまうのだ。カルシウムが足りないのだろうか?
確かに混んでいるエレベーターだと階数表示が見えにくいこともあるだろうが、本当にこんな機能、意味あるのか?
実際には殆ど効用がないのに、どっかのメーカーがつけ始めて、付加価値をつけることに深く考えられ
ない競合他社が、それっと付和雷同した結果、どこも同じ「おせっかい音声つき」のハードが蔓延することになってしまったのだろう。
ウルサイ、ということで言うと目にウルサイ広告も実に腹立たしい。最近のタクシーは、後席に液晶モニターがついていて、バカ面をしたタレントがチャカポコ画面で動いており、これが実に目にウルサイ。こっちは外の景色を楽しもうと思っても、目の端でチカチカ動くので実に腹立たしい。美しいものを見るのは個人の権利なのに、その権利を暴力的に奪われているという気がしてしまう。
音声も同じである。ご乗車有難う御座います。またのご利用をお待ちしております、なんて機械に言わせることの意味をもう一度サービス提供者はよく考えてみた方がいい。顧客にとってどんな付加価値があるのか?運転手さんから直接言われるのなら、まだ気持ちいいが、文字通り魂の入っていない言葉でそんなこと言われても、耳にわずらわしいだけだ。
こんなサービスとかガジェットの開発に、携っている人がいることを考えると気の毒でならない。
これほどハラの立つものはない。
先日などは、さんざっぱら手をブラブラやって、やっとこさ水が出た後、今度は洗った手を乾かそうと思って、やはりセンサー式の ドライヤーに手をかざしたら、これも反応しない!
後ろに人もいるため、狼狽しつつも、手を濡らしたまま出るのもヤなので、なかなか反応しない機械に手を突っ込んで、後ろの人に卑屈な笑みで「へへへ~すいません」と言いながら、手をブラブラ上下させる、という行動は個人の尊厳を崩壊させるギリギリの線上にある。なぜ僕がこんなクサレドライヤーのために、こんな屈辱を味わあねばならないのか。
最近、こういったお節介系のサービスによる怒り、というのが多くなっている気がする。
例えばエレベーター。「6階です」とか「ドアが閉まります」とかしゃべるヤツがある。静かさは贅沢なのに、私の静かさは貴方の全く無意味なアナウンスで台無しにされている、と感じてしまうのだ。カルシウムが足りないのだろうか?
確かに混んでいるエレベーターだと階数表示が見えにくいこともあるだろうが、本当にこんな機能、意味あるのか?
実際には殆ど効用がないのに、どっかのメーカーがつけ始めて、付加価値をつけることに深く考えられ
ない競合他社が、それっと付和雷同した結果、どこも同じ「おせっかい音声つき」のハードが蔓延することになってしまったのだろう。
ウルサイ、ということで言うと目にウルサイ広告も実に腹立たしい。最近のタクシーは、後席に液晶モニターがついていて、バカ面をしたタレントがチャカポコ画面で動いており、これが実に目にウルサイ。こっちは外の景色を楽しもうと思っても、目の端でチカチカ動くので実に腹立たしい。美しいものを見るのは個人の権利なのに、その権利を暴力的に奪われているという気がしてしまう。
音声も同じである。ご乗車有難う御座います。またのご利用をお待ちしております、なんて機械に言わせることの意味をもう一度サービス提供者はよく考えてみた方がいい。顧客にとってどんな付加価値があるのか?運転手さんから直接言われるのなら、まだ気持ちいいが、文字通り魂の入っていない言葉でそんなこと言われても、耳にわずらわしいだけだ。
こんなサービスとかガジェットの開発に、携っている人がいることを考えると気の毒でならない。
Wednesday, January 28, 2009
弓と禅
弓と禅を読了。
明治政府の依頼で東北大学の哲学科教授に招聘されたドイツはカント派の哲学者、オイゲン・ヘリゲルが、日本において修行した弓について、その修行の模様と蘊奥としての禅の思想について述べた本。
日本という国が、その時代から一巡して、今後ドコに行くのかよくわからない、という時期に読むことで意義が増す本だと思った。
ヘリゲルは弓聖といわれた阿波研三に教えを乞うた。そしてその教えは論理哲学を標榜するヘリゲルにとっては驚天動地のパラダイムであった。曰く、
:的を狙ってはいけない
:矢を放してはいけない
:矢を放すのではなく、笹に積もった雪が自然に落ちるように、矢に行かせなさい
:力を入れてもいけない
:貴方が射るのではなく、「それ」が射る
明治政府の依頼で東北大学の哲学科教授に招聘されたドイツはカント派の哲学者、オイゲン・ヘリゲルが、日本において修行した弓について、その修行の模様と蘊奥としての禅の思想について述べた本。
日本という国が、その時代から一巡して、今後ドコに行くのかよくわからない、という時期に読むことで意義が増す本だと思った。
ヘリゲルは弓聖といわれた阿波研三に教えを乞うた。そしてその教えは論理哲学を標榜するヘリゲルにとっては驚天動地のパラダイムであった。曰く、
:的を狙ってはいけない
:矢を放してはいけない
:矢を放すのではなく、笹に積もった雪が自然に落ちるように、矢に行かせなさい
:力を入れてもいけない
:貴方が射るのではなく、「それ」が射る
Friday, May 30, 2008
エンデの遺言
08/05/27エンデの遺言
■ファンタジーは未来から学ぶための素材
- 現実逃避や空想の冒険を楽しむためではない
- ファンタジーによって将来起こるかも知れないことを具体的に思い浮かべる
- そこを起点にして新しい規準を作る
- 過去に学ぶのではなく未来を具体的に空想し、そこから学ぶ
·
■スイスの経済学者ビンズヴァンガーは無限の進歩という幻想を作り出した近代経済は中世の錬金術と同じと言っている
·
■1997年と1998年でノーベル経済学賞の評価の軸足は100%変わった
- 97年はデリバティブズの価格形成理論で実績を上げたショールズとマートンが取った
- 98年は当時主流だった新古典派経済学を批判し、福祉や倫理的な動機付けを視野に入れたインドのアマーティア・セン教授が取った
- ショールズとマートンは自身の価格形成理論を用いてヘッジファンド運用会社を経営したが、この会社が巨額の損失を出して倒産したことも考慮されたのかも
·
■シルビオ・ゲゼルは「老化するお金」のコンセプトを提唱した
- ゲゼルは「お金で買ったものはジャガイモでも靴でも老化するのに購入に使ったお金はなくならない。これはモノと貨幣で不当競争が行われていることになる」と指摘した
- 有名なケインズの一般理論には「我々は将来、マルクスよりもシルビオ・ゲゼルの思想から多くを学ぶだろう」という言葉がある
- このゲゼル理論を用いて1929年の世界大恐慌後、オーストリアmのヴェルグルという町で一ヶ月に1%ずつ価値が減少する貨幣を導入したところ、貨幣の流動性が高まって不況が解消したという事例がある
·
■お金は現代の神として振まっている
- エンデは小説「ハーメルンの死の舞踏」でお金が神のように崇拝される姿を描いた
- 確かにお金には一般的に神のものとされる特質が備わっている
- 例えばお金は不滅で、人を引き寄せ、あるものを別のものに変える
·
■エンデの見るところ、最大の問題はお金がモノを交換したりするための道具であったのに、それ自体価値を持って商品として流通することになったことである
·
■思想家のルドルフ・シュタイナーは社会を三分節化する社会三層論を建てた
- 社会全体を精神と法と経済に分ける
- 精神生活では自由が、法生活では平等が、経済生活では助け合いが基本理念であるとエンデは説いている
- この文節はフランス革命のスローガンだった自由・平等・博愛とそのまま対応する近代社会の理想を表してもいる
- エンデは今日の社会の問題は、この三つのレベルの異なる事象がいっしょくたにされて別のレベルの理想が混乱して語られていることにある、としている
·
■マルクスの思想は根本的には正義に立脚している
- マルクスは資本家に弱者である労働者がひどい搾取をされているのを直接目撃した
- 倫理的に、これを何とかしなければいけないと考えたのは正しいが、それと彼の思想がメカニズムとして機能しなかったのは別の問題だ
- マルクスは地平から日がほっておいても昇るのと同じようにプロレタリアートによる革命から労働者の独裁が成就し、そこで新しい人間が出てくるとしていたが、結局は何も起こらなかった
·
■エンデは読書のあり方にも鋭い疑問を投げかけている
- 「Mエンデが読んだ本・親愛なる読者への44の質問」で「数人の人が同じ本を読んでいるとき、読まれているのは本当に同じ本でしょうか?」という質問を投げかけている
- エンデは本という作品は、読者と本との一対一の関係の中で始めて完結するものであって、本自体で完成した作品にはならないという考え方を持っていた
- エンデはいつも、現代人は「この本は要するに何を言っているのか」という質問に捉われてしまった、と嘆いていた
- 陳腐な決まり文句や、簡単なメッセージ
·
■流動しない金には流動性プレミアムが無いはず
- 貨幣、金やプラチナ、債権とうの財はそれぞれの流動性に応じたプレミアムがつく・・・・これを流動性プレミアムという
·
■ディーター・ズーアは、流動しないお金、モノに変わらないお金には流動性プレミアムが無いのだから減価させるべきだと説いた
· しかしこの議論はヘン・・・流動性プレミアムは「流動させようと思ったら流動させられる」という一種の権利料なので、いま流動していないから流動性プレミアムを原価させる、というのはそもそもおかしい??
·
■実はケインズも国際通貨制度改革に関して、1943年にマイナス利子率を持つ国際通貨=バンコールのシステムを提案した
- いわゆるケインズプラン
- このシステム下では、国際清算同盟の黒字諸国は国際通貨として考えられたバンコール建て残高にマイナスの利子率が課され、そのことで対外交易を加速させながら国際収支の維持均衡を図ることが考えられた
- この案は米国のホワイト案に破れ、このホワイト案をもとに現在の国際金融秩序が出来上がった
·
■プラス利子率のシステムは恒常的・偏在的であったわけではない
- 古代エジプトでは減価する貨幣システムが使われていた
- 農民は国庫に収穫物を納め、対価として貨幣を受け取る
- この貨幣は国庫の収穫物にかかる修造費用とネズミ等に荒らされる分だけ減価するようになっていた
- そうすると農民はなるべく早くそのお金を使って豊かさを維持しようとする
- 農民は「なるべく長い間価値が残るようなもの」をお金で買おうとする・・・それはかんがい施設の整備や土地の改良である
- つまり土地が生んだ豊かさをお金のままで維持せず、長期的に自分の利益になるようなものに注ぎ込んだ
- このためにナイル川流域は非常に豊かな穀倉地帯になった
- これを破壊したのがローマ人・・・ローマ人はエジプトを占領してプラス利子率のシステムに全部切り替えた結果、農業に対する長期視点での投資が激減してナイル川流域の穀倉地帯は荒れてしまった
- 中世の欧州でも減価する貨幣システム=ブレクテアーテが存在した・・・このシステムの下で中世欧州人はエジプト人と同じように中長期的に自分たちの豊かさにつながるようなものに投資した。それはカテドラルである
- 当時のカテドラルは巡礼者を呼び寄せ、町に繁栄をもたらすという経済的な意味と、キリスト者たちに対する救いという宗教的な意味で中長期的な投資対象だった
·
■プラス利子率では人類の未来に遺産を残せないかも
- なぜこのようなことが行われたかというと減価する貨幣だとなるべき長期的な利益になるようなものにお金を変えようとするから
- 逆にプラス利子の場合は、お金が利子を生むスピード以上で短期的に利益を生み出すものが交換=投資の対象になる
- 典型的な例は日本の林業・・・今のお金のシステムだと林業に投資しても回収に時間がかかりすぎるので、木は伐採して売り払う方が利益率が高い
- その結果、海の磯焼けと言われる砂漠化を引き起こすことになった
- いま、中世の人が残したような1000年後の人々への何者かを、我々は日々作っているのかを考えなければならない
■ファンタジーは未来から学ぶための素材
- 現実逃避や空想の冒険を楽しむためではない
- ファンタジーによって将来起こるかも知れないことを具体的に思い浮かべる
- そこを起点にして新しい規準を作る
- 過去に学ぶのではなく未来を具体的に空想し、そこから学ぶ
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■スイスの経済学者ビンズヴァンガーは無限の進歩という幻想を作り出した近代経済は中世の錬金術と同じと言っている
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■1997年と1998年でノーベル経済学賞の評価の軸足は100%変わった
- 97年はデリバティブズの価格形成理論で実績を上げたショールズとマートンが取った
- 98年は当時主流だった新古典派経済学を批判し、福祉や倫理的な動機付けを視野に入れたインドのアマーティア・セン教授が取った
- ショールズとマートンは自身の価格形成理論を用いてヘッジファンド運用会社を経営したが、この会社が巨額の損失を出して倒産したことも考慮されたのかも
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■シルビオ・ゲゼルは「老化するお金」のコンセプトを提唱した
- ゲゼルは「お金で買ったものはジャガイモでも靴でも老化するのに購入に使ったお金はなくならない。これはモノと貨幣で不当競争が行われていることになる」と指摘した
- 有名なケインズの一般理論には「我々は将来、マルクスよりもシルビオ・ゲゼルの思想から多くを学ぶだろう」という言葉がある
- このゲゼル理論を用いて1929年の世界大恐慌後、オーストリアmのヴェルグルという町で一ヶ月に1%ずつ価値が減少する貨幣を導入したところ、貨幣の流動性が高まって不況が解消したという事例がある
·
■お金は現代の神として振まっている
- エンデは小説「ハーメルンの死の舞踏」でお金が神のように崇拝される姿を描いた
- 確かにお金には一般的に神のものとされる特質が備わっている
- 例えばお金は不滅で、人を引き寄せ、あるものを別のものに変える
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■エンデの見るところ、最大の問題はお金がモノを交換したりするための道具であったのに、それ自体価値を持って商品として流通することになったことである
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■思想家のルドルフ・シュタイナーは社会を三分節化する社会三層論を建てた
- 社会全体を精神と法と経済に分ける
- 精神生活では自由が、法生活では平等が、経済生活では助け合いが基本理念であるとエンデは説いている
- この文節はフランス革命のスローガンだった自由・平等・博愛とそのまま対応する近代社会の理想を表してもいる
- エンデは今日の社会の問題は、この三つのレベルの異なる事象がいっしょくたにされて別のレベルの理想が混乱して語られていることにある、としている
·
■マルクスの思想は根本的には正義に立脚している
- マルクスは資本家に弱者である労働者がひどい搾取をされているのを直接目撃した
- 倫理的に、これを何とかしなければいけないと考えたのは正しいが、それと彼の思想がメカニズムとして機能しなかったのは別の問題だ
- マルクスは地平から日がほっておいても昇るのと同じようにプロレタリアートによる革命から労働者の独裁が成就し、そこで新しい人間が出てくるとしていたが、結局は何も起こらなかった
·
■エンデは読書のあり方にも鋭い疑問を投げかけている
- 「Mエンデが読んだ本・親愛なる読者への44の質問」で「数人の人が同じ本を読んでいるとき、読まれているのは本当に同じ本でしょうか?」という質問を投げかけている
- エンデは本という作品は、読者と本との一対一の関係の中で始めて完結するものであって、本自体で完成した作品にはならないという考え方を持っていた
- エンデはいつも、現代人は「この本は要するに何を言っているのか」という質問に捉われてしまった、と嘆いていた
- 陳腐な決まり文句や、簡単なメッセージ
·
■流動しない金には流動性プレミアムが無いはず
- 貨幣、金やプラチナ、債権とうの財はそれぞれの流動性に応じたプレミアムがつく・・・・これを流動性プレミアムという
·
■ディーター・ズーアは、流動しないお金、モノに変わらないお金には流動性プレミアムが無いのだから減価させるべきだと説いた
· しかしこの議論はヘン・・・流動性プレミアムは「流動させようと思ったら流動させられる」という一種の権利料なので、いま流動していないから流動性プレミアムを原価させる、というのはそもそもおかしい??
·
■実はケインズも国際通貨制度改革に関して、1943年にマイナス利子率を持つ国際通貨=バンコールのシステムを提案した
- いわゆるケインズプラン
- このシステム下では、国際清算同盟の黒字諸国は国際通貨として考えられたバンコール建て残高にマイナスの利子率が課され、そのことで対外交易を加速させながら国際収支の維持均衡を図ることが考えられた
- この案は米国のホワイト案に破れ、このホワイト案をもとに現在の国際金融秩序が出来上がった
·
■プラス利子率のシステムは恒常的・偏在的であったわけではない
- 古代エジプトでは減価する貨幣システムが使われていた
- 農民は国庫に収穫物を納め、対価として貨幣を受け取る
- この貨幣は国庫の収穫物にかかる修造費用とネズミ等に荒らされる分だけ減価するようになっていた
- そうすると農民はなるべく早くそのお金を使って豊かさを維持しようとする
- 農民は「なるべく長い間価値が残るようなもの」をお金で買おうとする・・・それはかんがい施設の整備や土地の改良である
- つまり土地が生んだ豊かさをお金のままで維持せず、長期的に自分の利益になるようなものに注ぎ込んだ
- このためにナイル川流域は非常に豊かな穀倉地帯になった
- これを破壊したのがローマ人・・・ローマ人はエジプトを占領してプラス利子率のシステムに全部切り替えた結果、農業に対する長期視点での投資が激減してナイル川流域の穀倉地帯は荒れてしまった
- 中世の欧州でも減価する貨幣システム=ブレクテアーテが存在した・・・このシステムの下で中世欧州人はエジプト人と同じように中長期的に自分たちの豊かさにつながるようなものに投資した。それはカテドラルである
- 当時のカテドラルは巡礼者を呼び寄せ、町に繁栄をもたらすという経済的な意味と、キリスト者たちに対する救いという宗教的な意味で中長期的な投資対象だった
·
■プラス利子率では人類の未来に遺産を残せないかも
- なぜこのようなことが行われたかというと減価する貨幣だとなるべき長期的な利益になるようなものにお金を変えようとするから
- 逆にプラス利子の場合は、お金が利子を生むスピード以上で短期的に利益を生み出すものが交換=投資の対象になる
- 典型的な例は日本の林業・・・今のお金のシステムだと林業に投資しても回収に時間がかかりすぎるので、木は伐採して売り払う方が利益率が高い
- その結果、海の磯焼けと言われる砂漠化を引き起こすことになった
- いま、中世の人が残したような1000年後の人々への何者かを、我々は日々作っているのかを考えなければならない
Thursday, May 22, 2008
美学 対 実利
ソニーのプレイステーションの開発を題材にしたルポ。
■誰が見ても最初は負け試合
:とりあえず300万台売ってから来てください、とゲームメーカーに言われた
■リアルタイム性が大事
:ボタンを押した瞬間に反応する、というのが必要
:同じコンピューターでもワークステーションやパソコンにはそれほどリアルタイム性は必要ない
:従って一見リアルタイムに見えても開発者の意図しないところで突然遅延したりする
:プレイステーションの期間技術となったシステムGは画期的に遅延がなかった
■もともとゲームが作りたかったわけではない
:ゲーム以外の用途にもマルチに対応できる超高性能な家庭用コンピューターを出したかった
:超高性能なコンピューターを作るためにSGIのワークステーション用LSIが使いたかった
:しかしSGIのワークステーションは1000万円くらいした
:高価になる理由は簡単で、数が少ないから
:数を出せば安くなるはず、そこで数を出すためにまずはゲームとして出すことにした
■コンセプトを骨太に
:セガセターンはもともとドット絵を前提にしたアーキテクチャ
:ところがアーケードで出した三次元CGのバーチャファイターが大うけ
:その上にソニーが三次元CGのゲーム機を出すと聴いた
:戦略を完全にミスった、とこの時点で気付いた
:そこでほぼ完成してたセガサターンの設計に、同じCPUを加えて三次元CGに対応させた
:久夛良木氏曰く「後付で何とかなると思うほうが悪い。性能も良くならず、コストも跳ね上がる。ありものの組み合わせでいいものはできない」
■CD-ROMを採用したのも同じ
:もともとのコンセプトが絵と音と文字を同時に扱えるエンタテイメントコンピューターである以上、容量の少ないROMカートリッジは不適切
:初期のコンセプトに拘って、いろいろ議論はあったものの「CD-ROMで行こう、決まりだ」と久夛良木氏が決断
:CD-ROMにした結果、製造コストも下がり、製造リードタイムも短くなった
:製造コストとリードタイムが圧縮化したことで、初期に小さく作って市場の反応を見ながら生産するというアプローチが可能になった
:任天堂のROMカートリッジはその逆で、リスクを取れないために売れることが確実のソフトを初期に大量生産するだけで、しかもリスクを任天堂側でとることを嫌い、すべてソフトメーカーの買い上げにしていた・・・ここに潜在的に不満を持っているソフトメーカーは多く、最終的にはドラクエのエニックスやファイナルファンタジーのエニックスもソニー側につくことになった
■新しいゲームクリエイターを採用
:新規プラットフォームだからエースクリエイターはゲームを作ってくれない
:そこで既存のゲームクリエイター以外から新たな才能を集めた
:佐藤雅彦のIQや松浦雅也のパラッパラッパーはその代表
■次世代機を出すに辺り、飛躍的な性能向上を求める
:エンジニアでさえ、それは無理ですよ、という数値を社長が出す
:無理ですよ、というエンジニアに対して、納得せずストレッチしまくる
■とにかくハードでちゃんと黒字を出す
:いくつかの分析ではプレイステーション本体は赤字で、ソフトのライセンスで儲けているとされていた
:確かに生産初期の歩留まりの悪い段階で本体が赤字だったことはある
:しかしこの考えを「考え方のポイントがずれている」と久夛良木氏は一蹴する
:曰く「ハードで黒字化しないと健全なビジネスにならない。ハードの黒字化に失敗したところは結局はみんな撤退しています」
:セガサターンもそうだった。急場しのぎの設計変更でコストが上がったが競争力を維持するために赤字でも売り続けた
:この価格切り下げ作戦はソニーの作戦通りだった。もともとシンプルなアーキテクチャを採用しているプレステは価格を下げやすいため、改善がどんどんコスト切り下げにつながっていったがセガサターンはもともと後付けで出来上がったためにコスト削減をしにくいアーキテクチャだった
:セガはソニーほど企業体力が潤沢ではない・・・大きな投資を行って開発したハードを赤字で販売し続けることは企業体力を徐々に奪っていく
:類型販売台数が1000万台を超えるころにプレステはハード単体の販売での黒字化を達成
■後で決められることは後で決める
:同時平行で技術開発を進めていて、なかなか決めないことが後で助かったということが多かった
■安く作るためには抜本的なアイデアが必要
:プレステ用に世界で始めてDVDとCD両用のピックアップレンズを開発した
■底の深いプラットフォームが必要
:ゲーム開発者が1~2年でハードの潜在能力を引き出せるようでは開発者が飽きてしまう
:発売後4年ぐらいしてやっと性能の100%を引き出せるようにする
:ハードウェアの世代交代が近い時期になると100%を超えるようなとんでもないソフトが出てくる
:PS2は一言で搾り出せる機械になっている
■スピードの限界は熱の限界
:コンピューターの性能を上げるにはクロックスピードを上げればいい
:クロックスピードとはパソコンのCPUが一秒間に何回のサイクルで仕事をするかということ
:例えば2ギガヘルツのCPUなら一秒当たり20億回のサイクルで処理を行っている
:クロックスピードを上げると消費電力も上がり、その分発熱量も増える
:過度の発熱はプロセッサの正常動作を妨げる
:この発熱量の増大が、実はコンピューターの性能アップの最大のボトルネックになっている
■中堅ソフトの苦戦
:PS2の売上はなかなか伸びなかった
:理由は中堅ソフトの苦戦
:大ヒットシリーズは相変わらず売れていた
■難しくなりすぎたゲームの隙間を取られた
:理由はゲームが難しくなりすぎたことにある
:コンピューターが高度化してゲームも複雑になり、10時間プレイしないとゲームとしてのおもしろさが見えてこないようなソフトが多くなってきた
:これは著しく他の娯楽に比べてタイムコンシューミング
:学習コストが高くなったことによって、シリーズものへの傾斜が強まった・・・PS2発売から2007年8月までに国内に出されたトップ100タイトルのうち、シリーズものでないのはなんとたった3本しかない
■誰が見ても最初は負け試合
:とりあえず300万台売ってから来てください、とゲームメーカーに言われた
■リアルタイム性が大事
:ボタンを押した瞬間に反応する、というのが必要
:同じコンピューターでもワークステーションやパソコンにはそれほどリアルタイム性は必要ない
:従って一見リアルタイムに見えても開発者の意図しないところで突然遅延したりする
:プレイステーションの期間技術となったシステムGは画期的に遅延がなかった
■もともとゲームが作りたかったわけではない
:ゲーム以外の用途にもマルチに対応できる超高性能な家庭用コンピューターを出したかった
:超高性能なコンピューターを作るためにSGIのワークステーション用LSIが使いたかった
:しかしSGIのワークステーションは1000万円くらいした
:高価になる理由は簡単で、数が少ないから
:数を出せば安くなるはず、そこで数を出すためにまずはゲームとして出すことにした
■コンセプトを骨太に
:セガセターンはもともとドット絵を前提にしたアーキテクチャ
:ところがアーケードで出した三次元CGのバーチャファイターが大うけ
:その上にソニーが三次元CGのゲーム機を出すと聴いた
:戦略を完全にミスった、とこの時点で気付いた
:そこでほぼ完成してたセガサターンの設計に、同じCPUを加えて三次元CGに対応させた
:久夛良木氏曰く「後付で何とかなると思うほうが悪い。性能も良くならず、コストも跳ね上がる。ありものの組み合わせでいいものはできない」
■CD-ROMを採用したのも同じ
:もともとのコンセプトが絵と音と文字を同時に扱えるエンタテイメントコンピューターである以上、容量の少ないROMカートリッジは不適切
:初期のコンセプトに拘って、いろいろ議論はあったものの「CD-ROMで行こう、決まりだ」と久夛良木氏が決断
:CD-ROMにした結果、製造コストも下がり、製造リードタイムも短くなった
:製造コストとリードタイムが圧縮化したことで、初期に小さく作って市場の反応を見ながら生産するというアプローチが可能になった
:任天堂のROMカートリッジはその逆で、リスクを取れないために売れることが確実のソフトを初期に大量生産するだけで、しかもリスクを任天堂側でとることを嫌い、すべてソフトメーカーの買い上げにしていた・・・ここに潜在的に不満を持っているソフトメーカーは多く、最終的にはドラクエのエニックスやファイナルファンタジーのエニックスもソニー側につくことになった
■新しいゲームクリエイターを採用
:新規プラットフォームだからエースクリエイターはゲームを作ってくれない
:そこで既存のゲームクリエイター以外から新たな才能を集めた
:佐藤雅彦のIQや松浦雅也のパラッパラッパーはその代表
■次世代機を出すに辺り、飛躍的な性能向上を求める
:エンジニアでさえ、それは無理ですよ、という数値を社長が出す
:無理ですよ、というエンジニアに対して、納得せずストレッチしまくる
■とにかくハードでちゃんと黒字を出す
:いくつかの分析ではプレイステーション本体は赤字で、ソフトのライセンスで儲けているとされていた
:確かに生産初期の歩留まりの悪い段階で本体が赤字だったことはある
:しかしこの考えを「考え方のポイントがずれている」と久夛良木氏は一蹴する
:曰く「ハードで黒字化しないと健全なビジネスにならない。ハードの黒字化に失敗したところは結局はみんな撤退しています」
:セガサターンもそうだった。急場しのぎの設計変更でコストが上がったが競争力を維持するために赤字でも売り続けた
:この価格切り下げ作戦はソニーの作戦通りだった。もともとシンプルなアーキテクチャを採用しているプレステは価格を下げやすいため、改善がどんどんコスト切り下げにつながっていったがセガサターンはもともと後付けで出来上がったためにコスト削減をしにくいアーキテクチャだった
:セガはソニーほど企業体力が潤沢ではない・・・大きな投資を行って開発したハードを赤字で販売し続けることは企業体力を徐々に奪っていく
:類型販売台数が1000万台を超えるころにプレステはハード単体の販売での黒字化を達成
■後で決められることは後で決める
:同時平行で技術開発を進めていて、なかなか決めないことが後で助かったということが多かった
■安く作るためには抜本的なアイデアが必要
:プレステ用に世界で始めてDVDとCD両用のピックアップレンズを開発した
■底の深いプラットフォームが必要
:ゲーム開発者が1~2年でハードの潜在能力を引き出せるようでは開発者が飽きてしまう
:発売後4年ぐらいしてやっと性能の100%を引き出せるようにする
:ハードウェアの世代交代が近い時期になると100%を超えるようなとんでもないソフトが出てくる
:PS2は一言で搾り出せる機械になっている
■スピードの限界は熱の限界
:コンピューターの性能を上げるにはクロックスピードを上げればいい
:クロックスピードとはパソコンのCPUが一秒間に何回のサイクルで仕事をするかということ
:例えば2ギガヘルツのCPUなら一秒当たり20億回のサイクルで処理を行っている
:クロックスピードを上げると消費電力も上がり、その分発熱量も増える
:過度の発熱はプロセッサの正常動作を妨げる
:この発熱量の増大が、実はコンピューターの性能アップの最大のボトルネックになっている
■中堅ソフトの苦戦
:PS2の売上はなかなか伸びなかった
:理由は中堅ソフトの苦戦
:大ヒットシリーズは相変わらず売れていた
■難しくなりすぎたゲームの隙間を取られた
:理由はゲームが難しくなりすぎたことにある
:コンピューターが高度化してゲームも複雑になり、10時間プレイしないとゲームとしてのおもしろさが見えてこないようなソフトが多くなってきた
:これは著しく他の娯楽に比べてタイムコンシューミング
:学習コストが高くなったことによって、シリーズものへの傾斜が強まった・・・PS2発売から2007年8月までに国内に出されたトップ100タイトルのうち、シリーズものでないのはなんとたった3本しかない
速さと正確さ
ネットは新聞を殺すのか、を読んで
欧米やアジアには「消息筋によると」とか「うわさでは」といった形で、真偽の程は定かではないがこういう情報がある、というのをまとめて提供してくれるサービスがあります。
これは既存のマスメディアに対する大きなカウンターサービスになる可能性があるかも知れません。
根源的に考えれば、情報の価値の大小を決定するのは「正確さ」と「速さ」と「深さ」の三点であることがわかります。
このうち、上記のサービスは「速さ」で勝負していると言えます。
伝統的に、マスメディア、特に新聞は特ダネを取ると褒められ、誤報を出すと怒られるという側面があります。特ダネというのは「速さ」で一番を取りながら、正確さも担保する、ということですから情報の価値の3つの側面では二つを担保しているということなので、これは褒められるのは当たり前なのですが、問題は誤報です。
速く出すことを志向すればどうしても正確さは犠牲になってしまう。正確さを余りに重視するが故に速さが犠牲になる。
インターネットメディアが速さで勝負するのであれば既存マスメディアは正確さと深さで勝負するのだ、というと聞こえはいいですが、記者クラブ依存体質のままではこの二つに関しても大きく他メディアと差別化するのは難しいかも知れません。
欧米やアジアには「消息筋によると」とか「うわさでは」といった形で、真偽の程は定かではないがこういう情報がある、というのをまとめて提供してくれるサービスがあります。
これは既存のマスメディアに対する大きなカウンターサービスになる可能性があるかも知れません。
根源的に考えれば、情報の価値の大小を決定するのは「正確さ」と「速さ」と「深さ」の三点であることがわかります。
このうち、上記のサービスは「速さ」で勝負していると言えます。
伝統的に、マスメディア、特に新聞は特ダネを取ると褒められ、誤報を出すと怒られるという側面があります。特ダネというのは「速さ」で一番を取りながら、正確さも担保する、ということですから情報の価値の3つの側面では二つを担保しているということなので、これは褒められるのは当たり前なのですが、問題は誤報です。
速く出すことを志向すればどうしても正確さは犠牲になってしまう。正確さを余りに重視するが故に速さが犠牲になる。
インターネットメディアが速さで勝負するのであれば既存マスメディアは正確さと深さで勝負するのだ、というと聞こえはいいですが、記者クラブ依存体質のままではこの二つに関しても大きく他メディアと差別化するのは難しいかも知れません。
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